くもすけ

ナイトメア・アリーのくもすけのネタバレレビュー・内容・結末

ナイトメア・アリー(2021年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

■ギーク
デル・トロは異形の強い味方で、彼がサーカスを撮るのなら異形な芸は美しく撮られなければならない。それゆえサーカスは絢爛豪華な装いで、ギークだってサーカスの立派な演目だもんね!と目がランランとしてる。

原作を読むと詐欺とスタンとの出会いは哀しい記憶で説明される。母親の浮気と離婚、殺処分されたペットの犬、再婚した父親と折檻の記憶。スタンは親を、大人を憎むようになる。自分の機嫌を取るために母親が与えたマジックセットを前に11歳の少年は頭を激しく打ち付けて道を踏み外していく。
長じて芸人となったスタンは新たなカモを求めて服や部屋に仕掛けを施し心霊現象トリックで家を乗っ取り、妻を放ったらかして売春婦を買い、牧師の免状を取りラジオ番組で説教をはじめ次々と肩書を変えていく。口先だけの詐欺師の、この口八丁が通じなくなって落ちぶればこそ、ギークになるのも説得力があろうというもの(旧映画の会話劇が効果的)。

トラウマの内容と精神分析は時代がかっているのだが、小説のリリスはスタンに輪をかけたマニピュレータで強烈な印象を残す。スタンは酒を飲まされて彼女の膝に頭を埋めてうわごとをほどばしり、ひざまずいてペディキュア塗って懇ろになり、妻をどう操縦するかベッドで相談して、カモのトラウマネタを走査する詐欺マシンとなっていく。

ちなみにアングラコミック作家のスペイン・ロドリゲスが悪趣味全開で省略なしの忠実な漫画描いてる。スタンがペディキュア塗るシーンは一枚絵使っていて原作の勘所抑えている

■映画二本
新旧映画二本ともシナリオはほとんど同じで、実家のトラウマを描かない(デル・トロ版は父親を燃やすオリジナル翻案カットをインサート)。
旧映画版はフラットな画面と役者が皆よくて(タイロンパワーがはまってる)、コードをめぐるモチーフが会話劇の主導権争いで表象され、原作をうまくまとめてる。ただエロは抑えられ結末もご都合主義的に変えられており、初見では戸惑ったもののデル・トロ版と小説読んでから見直すと味わいもある。モリーにはクリスチャンの倫理観を託して詐欺の倫理と戦わせて、無償の愛の前にひれ伏すスタンには作者グレシャムがだぶって説得力ある。なにより電気椅子シーンが素晴らしい。

対してデル・トロ版はまだ一回見ただけだが、サーカスの作り込みがすごい(原作にないエノク推し)しエンディングも原作に忠実だが、全体にしっとり撮っていて会話の応酬は抑えている。原作の持ち味である騙しの暴露博覧会より、サーカスと建築のスペクタクルに注力している。派手なゴアもあるけどそういうことじゃないような

インタビューがある。https://www.npr.org/transcripts/1076926174 
カーニバルへの思い入れと並んで語られるのは、メキシコ時代の様々な詐欺。1997年父が誘拐され、友人ジェームズキャメロンの好意で用意した100万ドルが身代金として支払われ、犯人は捕まらず金も未だに戻っていない。間に入ったネゴシエーターは父親の存在を「感じる」といって母親に取り入ろうとし、さながら超能力者のようだった、と。デル・トロいわく人は誰しも自分が誰かを語りたがり、聞きたいことしか聞かない。詐欺師はそれを敏感に感じ取って騙そうとするのだ、と。
別件で母親が宗教団体に遺書をかかされ資産を奪われてしまったそうで、誘拐事件のこともあって結局デル・トロはメキシコを離れることになる。デル・トロは詐欺被害を間近で見てきた当事者だったわけで、今作に与えた影響もあるのかしらん