ずどこんちょ

ナイトメア・アリーのずどこんちょのレビュー・感想・評価

ナイトメア・アリー(2021年製作の映画)
3.5
照明は暗めで青白く、ずっと何かが起こりそうな陰鬱な雰囲気。ダークファンタジーな作品を多く生み出してきたデル・トロ監督の最新作は、人間の奥深い心理を描いた静かなサスペンスでした。

とある事情を抱えてさすらっていた男スタン・カーライルは、盛況の見世物小屋で働き始めます。スタンがそこで出会ったのは、「獣人」と呼ばれる生きた鶏に喰らいつくショーで生かされている男と、読心術を得意とする年を取った男ピートと、電気人間のショーをする若い女性のモリーでした。
スタンはピートから読心術のコツを教わり、モリーと一緒に小屋を抜け出して二人だけで独立しようと飛び出します。
そして、すっかり読心術を身につけたスタンはやがて禁断の霊媒にも手を染め始め、お得意先の富豪から亡き妻との霊媒を求められるのです。それが男の転落の始まりになるとも知らずに……。

読心術という武器を手に入れた男の、成功と転落の人生を描いています。
言葉や服装や仕草にはその人の生きてきた経緯が詰まっています。スタンが口癖のように「絶対」という言葉を使うように、人は無意識に自分の秘密をどこかに表してしまう。それを読み取るのが「読心術」です。決して心が読めるエスパーではありません。
スタンがただ闇雲に人の見た目から心が読める男として登場するのではなく、しっかりどこに注目して、どんな言葉で相手の心を読んだフリをしていたのか説明してくれていた点はとてもスッキリしました。
男を見る時は服装ではなく靴に生き様が現れる。なるほど、なんとなく今度から初対面の人の靴に目が向いてしまうかもしれません。

冒頭の2時間ぐらいずっとスタンが読心術を身につけ、成功を収め、心理学博士のリッターとタッグを組んでターゲットを絞ってより一層大金を手に入れていくのですが、ハッキリ言ってこれが長い。「何かが起こりそう」な雰囲気だけ醸しながら順調にスタンは金を集めています。リッターとスタンの会話も互いに腹の探り合いで決して楽しいものでもありません。
しかし、高く積み上げた積み木ほど崩れる時は一気に崩れ去るように、その危うさがどんどんエスカレートしていくのを感じます。
ダメだと言われた霊媒に手を出し、ターゲットの個人情報を違法な手段で手に入れるスタン。間違いなく一線を超えました。

そして遂にスタンはミスを犯します。
ここからは怒涛の展開です。残り30分ぐらいでようやく物語が動いたなと感じました。遅すぎるよ!途中でもっと盛り上がるひと展開がないと、体調次第では寝落ちていたと思います。
しかし、そこはさすがデル・トロ監督です。一瞬で転落させるだけでなく、これまでの伏線を一気に回収します。
リッターの護身用拳銃、年上男性、アルコール、鶏、獣人…。迎えた結末も秀逸で、物語が円環になって繋がった感じがしました。素晴らしかった!

「幽霊ショーは絶対ダメ」とピートを始めとする周囲からずっと警告を出されていたのに、自らの力に溺れた男。
人の細かい仕草に目を通す冷静な観察眼と、一つ一つの言葉を選んで巧みに人心を掴む話術があるのに、どうしてあのような転落人生を止められなかったのか。自信過剰でピンチも無敗で乗り越えてきたからこそ、ひとたび人生が狂わされると冷静さを失って過ちを犯し続けてしまったのでしょう。

彼の最大のミスはどこかと考えた時、他人の心を読む事は得意としながら自らの心は一切読めていなかった事だと思いました。
リッター博士にすら分かっていた、彼のとある特徴的な対人関係。それはスタンが乗り越えられなかった因縁の過去と、その過去の清算方法に問題があったからなのです。適切に対処できない問題を抱えたまま、しかもスタンはその事に気付いていませんでした。そこにリスクがあったのに。
すべてが見えているつもりでいて、まったく見えていなかったのです。

そういえば、獣人が逃げ出してスタンが「地獄の家」に探しに入った時、「罪人よ 己の姿を見よ」といった文言が書かれた鏡と対峙していました。
あの時既に彼は"罪人"だったわけですが、罪人である自分自身の内面を鏡を通して見つめ直せば、もしかすると転落はどこかで止められていたのかもしれません。