TaiRa

ファーザーのTaiRaのレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
-
戯曲の映画化の中でもかなり志が高い。ちゃんと映画にしてる。

認知症患者の主観で物語が展開され、時間も空間も混沌とする。「信用出来ない語り手」を映像表現として落とし込んだ作品としてかなり良い。同じ間取りの空間が時には自宅になり、時には病院になり、場面やカット毎に時間も場所も縦横無尽に飛ぶ。撮影、美術、衣裳と画面に映る物で認知の危うさを表現したある種の表現主義。そういった表現方法に加え、認知症という病をリアリスティックに描写しつつ、その上でニューロティック・スリラーや時間SFのようなジャンル性の高いタッチで見せるのも好感。主人公の前に現れる5人の人物がその都度別のキャラクターとして存在するのも、役者の確定性とキャラクターの不確定性を利用した演劇的なマジックの流用で、そういう点で演劇の面白みと映画の面白みを上手く組み合わせている。演劇においては空間や時間は具体化する必要がないので飛躍しやすい。映画では多くの場合それらを具体化して描写する必要がある。そういった差異も豊かに変換している。原作者で戯曲家のゼレールは映画表現もよく理解しているので今後が楽しみ。戯曲の映画化以外で何をするのかは分からないけど。当たり前だが今作は役者にかかる比重は重く、それを流石のパフォーマンスで魅せたアンソニー・ホプキンスは素晴らしかった。オリヴィア・コールマンの現実感が伴いまくった疲弊も説得力がある。人間の自我や認知が崩れ落ちて行く様が悲しく恐ろしいが、そんな残酷さすら内包し、生命のサイクルを謳歌したラストが達観していて感動的。
TaiRa

TaiRa