るるびっち

ファーザーのるるびっちのレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
4.4
認知症の世界を体感できるよう、当事者の視点で描かれる。
自分が自分であるというアイデンティティを確立できるのは、昨日の自分と今日の自分が同じという確信があるからだ。
認知症になると、その確信が端の方から崩れていく。
目の前にいる男が誰か解らない。娘の夫と言われれば信じるしかない。しかしそこには不安が残る。やがて娘の顔も別人に見えてくるのだ。

住んでいるのが自分の家という確信すら怪しい。
全てが迷宮のようだ。
そうした不安を当事者目線で描いているので観客も混乱していく。これが来るべき世界なのか。
来るべき未来はSF的な物ではなく、確信の持てない不安だけのものになっていく。『去年マリエンバードで』の世界に紛れ込んだようだ。
90分でもイライラする古い映画なのに、残りの人生ずっとマリエンバードだったら耐えられない。

そうした一人称の主観映像で描いてるにも関わらず、ちゃんと娘の側のドラマも描いている。
娘は父を捨てて、新しい男と旅立っていくことに罪悪感を覚えている。また妹と違い、父のお気に入りではないことへの恨み、又は劣等感のようなものも感じている。
それらが歪んだ世界からおぼろげに見えてくる。

今後は夢オチに代わって、認知症オチ作品が増えそうだ。
例えば毎日同じことがループしたり、誰が誰だか分からない不条理だったり、エイリアンの侵入だったり、謎の亡霊に取り憑かれたりとかそういったミステリアスで不可解な謎の現象が次々起り、最終的には認知症だったというオチで全てOK という映画が続出する気がする。

早いもん勝ちで、今のうちにSF だと思ったら実は認知症でしたみたいなの作っちゃえばいい。
少年が謎の冒険を続けている。ここは一体どこ?
と、思ったら実は認知症のおじいさんの妄想でした。
但しそれは海外ドラマの場合で、日本で認知症を従来の家族ドラマ以外の文脈で描くのは難しい。
日本はITと同じく、その辺は遅れているのだ。

しかし、作り手の感覚が悲観的すぎる。
相手が誰か解らなかったり、どこに居るか解らないことを楽しめばいいじゃないか。
日替わりで違う顔の娘が出てきたら、娘が一杯いるみたいで楽しい。
年を取るということは、それらを楽しむだけの幅の広さを持つことだろう。いつまでも童貞みたいに不安に慄いてどーする。いい歳をして。
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