岡田拓朗

ファーザーの岡田拓朗のレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
4.1
ファーザー(The Father)

第93回アカデミー賞と第74回英国アカデミー賞の主演男優賞と脚色賞を受賞した作品。

認知症が支える側ではなく、当事者の視点から描かれている。
認知症は言葉では聞いたことがあって、記憶力が低下していくだけのイメージが強かったが、実際にどのような症状なのか、どんな変化が起こるかまでは知らなかった。

そこで起こっていることは夢(幻想)なのか、はたまた現実なのか。
時間軸が入り混じりすぎていて現実世界の物語だと思えなかったし、本当のアンソニーが生きている世界がどれなのか、彼に何が起こっているのかがわからないほどに複雑な世界が広がっていた。

そこには本当に起こっていた事実としての過去もあれば、妄想や幻想にとらわれてるようなものもあれば、ただただ現在が流れているような部分もあって、物語を追っていくのとアンソニーを捉えるのが本当に大変だった。
紐解くの複雑で難解な映画や時折ホラー映画を観ているような感覚に陥るほど。

これが認知症の方から見た世界なのだとしたら、本当にとんでもない恐怖。
自分を見失ってしまうことも、自分を受け入れられないこともあるだろう。

人それぞれにとっての理想の生き方があって、でもそれは健康を前提としているから追いかけられるものでもあって、老いや症状の悪化とともに難しくなることもある。

理想と現実にギャップを抱えながら生きるとき、最も充実していたと感じ、理想的な現実を生きることができていた過去に縋りたくなることもありそうで、そんないろんなことが重なって、複雑な世界ができあがってしまったんじゃないかとも思った。

ずっと時間をかけながら築き上げてきた人生や生活を、手放さないといけない辛さは、まだ自分の想像ができない範疇にあった。

そんな中で生きていくアンソニーの苦悩とともに、アンソニー(当事者)からの視点だからこそ見えるアン(支える側)が描かれるのもよかった。

わかろうと思っても同じ境遇ではないから理解できない部分も出てきて、それでもなおアンソニーのために思い悩みながら動き続けるアンの姿にも感化される。

そこに家族としての愛情を感じつつ、最後に映されたシークエンスがアンソニーの現在だとするならば、それは生きていくにあたって、娘であるアンのために出した結論でもあろうと思えて、そこに父から娘への愛情も感じられた。

自分にはまだ、ここまで向き合える自信がない。
でもなんかふと死を意識する瞬間はあって、そのときにとても怖くなることはたまにある。

認知症の実態とそれらの怖さから家族間における愛情が感じられる傑作でした。

P.S.
アンソニーホプキンスさんの演技が凄まじくて、アカデミー賞主演男優賞にはとても納得できた。
岡田拓朗

岡田拓朗