ボブおじさん

ファーザーのボブおじさんのレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
4.1
【自分史上最も悲しく最も切ないホラー映画】
名優アンソニー・ホプキンスが認知症の父親を演じ、「羊たちの沈黙」以来、2度目のアカデミー主演男優賞を受賞。老いによる喪失と親子の揺れる絆を、記憶と時間が混迷していく父親の視点から描き出す。

ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは認知症により記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配した介護人を拒否してしまう。そんな折、アンソニーはアンから、新しい恋人とパリで暮らすと告げられる。しかしアンソニーの自宅には、アンと結婚して10年以上になるという見知らぬ男が現れ、ここは自分とアンの家だと主張する…

認知症の老人を描いた映画は、これまでにも数多く存在したが、この映画はこれまでの映画とは決定的に違う描き方をしている。

これまでの映画は認知症の老人を介護する医師や家族の側から客観的に描いていたが、この映画はホプキンスが演じる認知症の老人の視点で物語が進んでいく。

つまり観客は、父親の気持ちになって認知症の世界を擬似体験することになるのだが、この世界が実に恐ろしい。

最も寛げるはずの自分の家に、ある日突然見知らぬ男が住んでいたり、外出先から帰ってきた娘は姿が変わっていたり、挙げ句の果て住んでる場所まで違和感が。正に何が何だかまるで分からない疑いと恐怖に満ちたホラー映画の世界。しかもこのホラーは我々自身の身にもいつか起きるかもしれないのだ。

この荒唐無稽な現実離れしたような世界にリアリティを感じさせるのは、アンソニー・ホプキンスと娘を演じるオリビア・コールマンのアカデミー賞受賞コンビによる圧倒的な演技力があるからだろう。

映画の中で、アンソニーは現実と妄想の世界を行き来する。何が現実で何が妄想かはっきりしないこともある。もしかしたら自室の窓から眺めてた通りで遊んでいる男の子は子どもの頃のアンソニー自身であったのかもしれない。