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ファーザーのNMのネタバレレビュー・内容・結末

ファーザー(2020年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

家族のほっこり系かと思ったら全く違った。どっしりと重い。これが誰にでも起こりうることだというのが怖い。綺麗事ではなく、突き刺さるような痛ましい悲しみと孤独。抗うこともできずただその身に受けるだけ。混乱とショックは日に日に増すばかり。
自分ならどうするだろうか。自分は大丈夫だという確信がどんどん薄れていき、何が真実なのか誰が信用できるのか分からない。自分すら信用できなくなっていく。認めたくないが、きっとどうしようもない。いくら頭が良かった人だろうと、家族に恵まれた人だろうと、最後は誰でも自分ひとり。

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老いてはきたが私はまだまだしっかりしている。
ロンドンのこのフラットで一人で暮らしていけるのだ。
なのに近所に住む娘はなんとしても介護ヘルパーをつけようとする。
ヘルパーなど金目のものを盗もうとするだけだ。私の腕時計もなくなっている。
娘は恋人ができたのでパリに引っ越すという。だから私をヘルパーに押し付けたかったのだ。やはりな。
ときどき下の娘が恋しくなる。たまには帰ってきてほしいのだが。

ある日物音がして行ってみると知らない男がいる。
話してみると娘の夫だという。10年前から?そうだったかな。娘は独り身のはずでは?
それにここに住んでいると。何を言っている?ここは私の部屋だぞ。

男は戸惑った様子で買い出しに出ている娘を呼び戻した。それがいい。
帰宅した娘を見ると……誰だこの女は。
顔も髪型も違う。だが確かに娘らしい話と態度だ。じゃあ娘なのだろうか。
男がキッチンに行った隙に娘に彼のことを聞いてみると、一体誰のことかと聞く。
誰って、お前の夫なんだろ?今キッチンに行ったじゃないか。
誰もいない……。どういうことだ。

娘が新しいヘルパーを呼んできた。
私の知る娘だ。やはりグルになって老人ホームへ入れる気だな。そうはいくか。
こいつもどうせ俺の腕時計を盗むだろう。時計をこの棚に隠して手を出すところを押さえてやるぞ。

翌朝起きると、娘と知らない男が一緒にいる。誰だこの男は。これが娘の夫なのか?
腕時計がないな。まさかこの男じゃないだろうな。

娘のパリ行きについてふたたび話すと、そんな話はしていないという。
娘の夫は私に冷たい。娘に私をホームに入れるようけしかけているのを見た。

朝起きると娘が朝食を作っている。
絵がなくなっている。画家である下の娘が描いたものだ。
それに知らない椅子がある。部屋の様子がおかしいな。
娘がいない。先日のヘルパーが来ている。
事故のこと残念でしたねと言う。何のことだろう。
ヘルパーは私を子供扱いする。私は非常に知的な人間なのだ。自分でも驚くほどだよ。

部屋に男がいる。最初に見て姿が消えた男。幻じゃなかった?夫だろうか?
男は、これ以上僕たちを苛立たせるなと言って殴ってきた。何度も。
泣き崩れると声を聞いて娘がやってきた。

目覚めるとキッチンに呼ばれた。ドアを開けると、おやここは納屋だったか。
ああ今日はあの新しいヘルパーが来る日だったか。
この人は?これはいつか娘だった女じゃないか。先日のヘルパーはどうしたんだ?

この部屋はなんだ。
娘はパリに行くという。行かないはずでは?やはり私を一人になるのか。
腕時計がないな。
部屋に看護師が来た。彼女はヘルパーじゃなかったのか?
娘はどこだ。数ヶ月前からパリにいる?それはキャンセルしたはずじゃないか。
医師も部屋に来た。
彼は娘の夫では?毎日話している?君は一体誰なんだ?

それでは、私は一体誰なんだ?
ママが来てくれるはずだろ?ママを呼んでくれよ。
枝が失われていく。私の全ての枝が。
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あまりにも悲しい話だった。目をそらしたくなる現実。
彼はおそらく元来明るい人。頭が良かったというのも本当だろう。それでも平等に悲しみは襲ってくる。
避けられない、というのがつらい。お金を持っていてもキャリアや地位があろうとも家族がいようとも、この苦しみを和らげる手段にはなり得ないだろう。
抗わず、ただ戸惑うままに、枝のない幹として朽ちるのを待つことが現実なのだと思った。その時できることはないかもしれないから、それまでにしたいことでもしておくしかないのだろう。

ただ看護師は素晴らしい人のようで良かった。尊い仕事。
最期をせめて良い環境で迎えられるのは幸運。

自分のことや親のことについて思いを馳せずにいられない作品。
ラストだけは腕時計をある意味において付けていた、というのがとても印象的。人はみな必ず時計を付けておりそれをコントロールしたり外したりはできない。

作品としてもとても高度な作り。痴呆に悩む人は本当にこんな苦労をしているのだろうなと思わせるリアルさ。観客も主人公同様、何が本当だったのかは知りようがない。だからその苛立ちや悲しさを体験できる。
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