MasaichiYaguchi

花のあとさき ムツばあさんの歩いた道のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

3.8
「花を咲かせてふるさとを山に還したい」と、山あいの段々畑に花を植え続けた夫婦と2人が住む小さな村を18年に亘って記録したこのドキュメンタリーを観ていると、人生とは、幸せとは豊かさとは、そして美しく老いるとはどういうことなのかということが、映像から、そして中心となって登場するムツばあさんの言葉や表情、その佇まいから伝わってくる。
本作には正に「桃源郷」と呼べるような映像が何度も登場する。
ただ、この「桃源郷」は神が作ったものではなく、秩父の山深い村に暮らす小林ムツさんと公一さん夫妻が、所有する段々畑を一つ一つ閉じて、そこに1万本以上の花を植えて作り出したもの。
山歩きを趣味にしている人なら実感として分かると思うが、いくら若い頃からしている山歩きでも、高齢になれば登り降りが段々辛くなり、足元も覚束なくなっていく。
ムツさんは夫の公一さんと共に60歳を過ぎた頃から花を植えてきたとのことなので、花の世話を含めて傾斜地での作業を思うと、その労苦が忍ばれる。
映画ではその様子が映し出されるのだが、恰もそれは故郷に花を手向け、老夫婦が終わり支度をしているように見える。
この作品は或る意味、究極の終活映画なのかもしれない。
「立つ鳥跡を濁さず」と言うが、小林さん夫妻の場合は、2人が亡くなっても、彼らが住む限界集落が無くなったとしても、春には福寿草、レンギョウ、ハナモモ、ヤマツツジ、やがてアジサイが咲き、そして秋にはモミジが山里を彩る。
私には到底出来ない小林夫妻の晩年の生き方、佇まい、特に花々と共に美しく、愛らしくなっていくムツばあさんを見ていると、胸が熱くなって途中から涙が止まらなくなってしまいました。