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佐々木、イン、マイマインのマチのレビュー・感想・評価

佐々木、イン、マイマイン(2020年製作の映画)
3.7
高校時代を過ごした友人達のライフステージが就職、結婚、出産、と変化していた頃、佐々木は高校の頃と変わらずバッティングセンターに通い、ついにはホームラン記録を作るまでになっていた。

それは様々なものを切り捨て人生を選択してきた人からすれば、振り返ってまで価値を見出してはいけないものである。
だが自分では人生を選択できなかったものにとっては、部屋に置きっぱなしの画材や、カップ麺に「佐々木スペシャル」と名付けたことと同様に、押し潰されそうな現実に抗って生きた証拠だったはずだ。

主人公が人の死に触れた翌朝、死と対の象徴として乳児が出てくる。
抱きあげた途端に涙が止まらなくなり、部屋を出て彼女に別れを告げにいく。その悠二の一連のシーンには、彷徨っていたひとつの魂が再び躍動する瞬間が映しだされていた。胸に響くものがあった。

ただし、佐々木は「切り捨てられる対象」だけで描かれたわけではない。

「出来るからやるんじゃなくて、出来ないからやるんだろう」
悠二にかけた言葉のとおり、佐々木は最後に普通では出来ないはずのとんでもないことをやってのけた。
あのトリッキーなラストシーンの虚像を提示することにより、「佐々木」は一気に「固有名詞」から「抽象名詞」となった。
観る人それぞれが心に所有する「佐々木との日々」が誘発される。「イン、マイマイン」のタイトルがここで見事に回収されるのだ。

立ち止まったり、迷ったりしている人には共鳴できる部分が多いかもしれない。一方、自分で人生を切り開いてきた人のなかには反発する人もいるだろう。
いずれにせよ、どちらの立場にいる人にも前を向かせてくれる、そんな作品である。
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