ふたーば

グッバイ、レーニン!のふたーばのネタバレレビュー・内容・結末

グッバイ、レーニン!(2003年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

想像していた以上に感動してしまった……

なにがこの映画を格別なものにしてるのか、ちょっと説明が難しい……

表面的に言えば、東西ドイツの分断を笑い飛ばしつつ、やりすぎない程度の下ネタやしっかりとした歴史的経緯なんかも織り交ぜていて、その辺がとても親しみやすい。特に、笑いのかなり多くは社会主義体制の硬直性、プロパガンダのおかしさにフォーカスが絞られていて、そこがめちゃくちゃ面白い。正直、東ドイツでの生活の実態を全く知らなかったので、その辺がその時代を生きた人間を通して語られるのがとても興味深く、それだけでもかなり最高だった。

でも、この映画がめちゃくちゃすごいのは、そういうところじゃない気がする……

例えば私が一番好きだったのは、母親がこっそりベッドから抜け出すシーン。

本当なら秘密がバレてしまうんじゃないかってハラハラするシーンなはずなのに、ちっともそうならない。むしろどこかふわふわとした静かな高揚感がある。ヤン・ティルセンの音楽のせいだろうか。どこかおとぎの国のような自由主義世界の風景と、そこを迷子のようにさまよう一人の老人、そして冗談みたいに大きいレーニン像が手を振るようにヘリで運び去られていくその対比。滑稽なはずなのに、なにか目がさめるような美しさがある。

こんな感じで、歴史的事実と笑いと映像美がこの映画ではものすごく奇妙なバランスを保っている。そしてそれゆえに、今まで想像したこともなかったような、この映画でしか見られないシーンがそこかしこで見られる。

この映画は資本主義と社会主義のどちらが良いかという問いに正面からは答えない。代わりに、最後にニセの書記長からなされる演説で、両主義のいずれにも清い理想があったことを踏まえながら、でもそれ以上に重要なものが人間にはあるのではないかと訴える。

主人公の母親は社会主義に忠誠を誓う革命家でありながら、実はずっと自由を夢見てきた人でもあったことが後半で明かされる。その矛盾した姿は、戦後分断され対立を余儀なくされたドイツの歴史そのものなのかもしれない。その上で、でっちあげの演説はその混乱した在り方を力強く肯定し、間接的に母親の人生に称賛を送っている。言ってみれば、この演説は母親のためのプロパガンダなのだ。

演説できっと統一前のことを思い出して涙を流したドイツの人がたくさんいることは容易に想像できる。経験していない私ですら、ちょっと涙腺が緩んでしまったほどだ。

歴史的な分断・思想的対立の残した傷跡の問題を丁寧に扱いつつ、この映画はもっと根源的に、人間の生や人と人の絆により高い地位を与えようとしているところがあって、そこが私はとても好きだ。人間ってこうだよなぁ、となにか人情のようなものを感じてホロリとできる。

こういういろんな感情が入り混じったものをほんの2時間程度で味わわせてくれるのが、映画という媒体の面白いところだと思う。そう言い切りたくなるのは、この映画が文句なしの傑作であったからにほかならない。
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