月うさぎ

グッバイ、レーニン!の月うさぎのレビュー・感想・評価

グッバイ、レーニン!(2003年製作の映画)
4.0
1989年1月7日 昭和最後の日
私は友人達と7人で会津の旅館に泊まっていた。夜の12時を回るのをTV番組を観ながらで昭和が終わるのをみんなで見届けた。
その時何故か突然、こう宣言した事を決して忘れない。
「ベルリンに行きたいの。あの町にはね、東ドイツの中に島のようにポツンと取り残された西ドイツがあるの。その姿を見てきたいの」
1989年10月7日
11月10日 ベルリンの壁崩壊
まさかその年に壁が無くなり国境が事実上存在しなくなるとは。考えてもみませんでした。
東西融合は本当に突然でした。
東ドイツの人にとってすら、それは予想外の性急さであったようです。

この映画では東側のごく普通の若者の目線で この時期のベルリンの状況をみせてくれています。
事実上通貨の流通を初めて経験した
という言葉にまず驚く。一体どういう暮らしをしてたの?
日本にいる私達は鉄のカーテンの向う側の事はほとんど知らなかった。西側諸国からの情報を通して以外は。
東西ドイツの統合は驚きの出来事ではあったけれど、分断された国民にとっては歓迎すべき幸せなニュースであるはずだと考えていました。なんという西側的思考だった事か!

(ストーリー)
心臓発作から8カ月も意識不明の状態から目覚めた母
母の延命と回復のために、孝行息子のアレックス(ダニエル・ブリュール)がやった事は、東ドイツが変わりなく存在していると母を欺くことでした。

母に生きていて欲しい。その一念は健気だ。

でもそれは延々と嘘をつき続ける事を意味する。
あの手この手で誤魔化すけれど、そんなのいつかは破綻するに決まってるじゃ無いですか? 
この涙ぐましい嘘工作がコメディタッチで笑えます。
しかし姉も恋人のララもアレックスのやり方に疑問と不満を持ち始めます。
一方、母も子どもたちに嘘をついていた事を告白するのです…!

社会主義国の掲げたスローガンの「平等」がただのお題目だった事は明らかです。
しかし資本主義も格差を生み金の亡者も生み、金を握る勝者による消費社会を生みました。「グローバル経済」という呼び名の実態は単なるアメリカ覇権経済システム。これが理想社会なはずはないです。
共産主義者が贅沢や消費文明を「堕落」「退廃」と否定したのもあながち間違いではない部分もあるのです。
小さな世界の中でつましく暮らしている分には、幸せな日常が続くだろう。
アレックスの母が社会主義の宣伝活動によって求めていたのは、この小さな世界の中の平和だったのですね。

アレックスはおそらくは若者らしい軽い気持ちで反体制デモに参加したのでしょう。しかしベルリンの壁崩壊後の東ドイツの消滅を観たことのショックは想定以上のものだったのだと思います。
自分たちが生まれ育った世界が根こそぎ価値を失う。
仕事も、貨幣も、慣れ親しんだ食品などの商品も、あっという間に消えてなくなってしまう。自分の足元が崩れ去る感覚を味わったはず。
戦前を知る人以上に異次元体験だったと考えられます。

東ドイツの栄光を信じ、国の瓦解の現実を観たくなかったのは、本当はアレックスの方だったのかもしれません。

社会主義とは、自身の周りに壁を巡らすことではありません。社会主義とは、他者に歩み寄り、他者と共に生きることです。
アレックスはフェイクニュースの原稿をこう締め括りました。

東西融合は一方の消滅ではなく、幸せな結婚であり、新たな価値を築く、より良い世界の実現であって欲しい。
ドイツにはそれができるはずだ、というメッセージが込められた映画なのでした。


ドイツ民主共和国 建国40周年。
この国は今はもう存在しません。


クリスティアーネは最後に夫に会い、アレックスは嘘のニュースで東ドイツが経済的に困難な状況にある西ドイツへ国境を開けていると伝えます。東ドイツの崩壊をさとりながらも、アレックスのために得に何も言わずクリスティアーネは亡くなります。東西統一がなされ、アレックスは子供のころに父親と作ったロケットのおもちゃでクリスティアーネの遺灰を風にまきます。

ララからドイツで起こった全てを伝えられるが、アレックスの前では気づいていないフリをしたまま、ドイツ再統一から3日後に息を引き取る。

最初は何も変わっていないという嘘を見せ続けていたアレックス。
次第に、理想の東ドイツを映像化し始めた。
タクシーの運転手をしている元宇宙飛行士もこの芝居に参加するのが可笑しくも悲しい。
月うさぎ

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