にくそん

アウステルリッツのにくそんのレビュー・感想・評価

アウステルリッツ(2016年製作の映画)
3.8
ダーク・ツーリズムの実態がどんなものか知らなかったけど、こういう感じなのか。想像と違った。なんかこう、虐殺マニアみたいな悪鬼のごときヲタクが、仲間同士で早口に何か言ってはキヒヒと笑ったり、写真も一つのスポットにつきたくさんの角度から撮ったりするんだと思っていた。どんなイメージだ。

普通の人たちだった。スマホをいつでもどこでも手放せなくて、夏だから近所をランニングするような格好で、お腹がすいたらやや不適当な場所でもコンビニ袋をがさがさ、やや不適当な場所でも白い歯を見せて笑う、そんな人たち。ガイドも悲惨な出来事を伝えた後で「5分休憩するのでトイレや軽食どうぞ。早く歩くと多めに休憩できます」とか言っちゃう。

えらい長尺で回すので、確かに見ていてだんだんイライラしてはくるんだけど、でもどちらかといえば可哀想に思った。彼らはまるでその気がないのに連れてこられた修学旅行生みたいに退屈そうだったので。収容所の中なんて、人生で初めて見るであろう場所に立っても、見るべきものが見つからないみたいに視線をさまよわせて速歩き。なんか、暑いのにムダに(そういう見方をするんだったらムダだ)うろうろしてお気の毒だ。

もちろん、たくさんの人の命が理不尽に奪われた場所では、それに適した振る舞いをすべきだという正論みたいなことも思ったけど、それ以上に、この人たち旅行をてんで楽しめてないけど大丈夫かよ、と思った。郷に入れば郷に従えとはよく言ったもので、旅行ってその土地、その場所に即した態度を取って、その土地、その場所ですべきことをしたほうが楽しめる。

私なら一人で訪ねてスマホをカバンにしまって、適当な場所で立ち止まって当時を想像したりものを思ったりするし、黙祷してよさそうな場所が見つかったらそうする。露悪的に言うならば、それがこの場所の楽しみ方だと思うから。いつもと同じように友達とくっちゃべって自撮りして(普段から私はしないけど)安いサンドイッチを好き勝手なタイミングで食べるんだったら、旅行の意味がない。ほんと、この人たちはセンスがない、絶望的に。

などと、さかしらぶって見ていたんだけど、ステーションZ(大量虐殺がまさに行われたその場所)で言葉をなくして、一人でじっと何かを見つめている人の姿が映ったとき、急に泣きそうになった。冷静に見ているつもりでいたけど、こういう人間が恋しい気持ちに、いつの間にかなっていたみたいだ。これが過度にも思える長尺の効果なのか。

最後はまた入口のゲートの風景。一緒にぐるっと回ってきたみたいな感覚になる。ここではもう、例外なく誰も彼もへらへらしている。ステーションZで衝撃を自分なりに受け止めていた彼女はどんな顔しているだろうなと思った。もし連れがいたら、やっぱり笑っているかもしれない。まんまとショックで口がきけないんだと、家族や友達に思われたくない気分だって、人にはある。人の心にはいろいろある。あんまり他人の行状をぱっと見て批難してもな。

映画を観るとき、スクリーンの手前の風景も一緒に目に入るわけだけど、モノクロの映画と赤いシートの取り合わせがなんか綺麗だった。
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