坐禅マニアのフリーターの私信

日子の坐禅マニアのフリーターの私信のレビュー・感想・評価

日子(2020年製作の映画)
5.0
雨の音が聴こえて1カット目が始まって、そこからずっとアンビエント音楽のように身体に染み渡ってくるような二時間の体験だ。ツァイ氏の映画はまるで良質な絵画を眺めているような気持ちになる。つまり頭がキーンと冴えて、中身が空っぽになって、体に一本芯が通るような、そんな経験をする。素晴らしい建築の空間内に居るときのようなあの張り詰めた空気感が、画面から伝わってくる。あるいは晴れた日に美しい山の稜線を眺めているときみたいな、静謐だがものすごい存在感を持って語りかけられているかのような体験。すべての画面が徹底的に審美的に構成されている。妥協が無いから有無を言わせない強さがある。

しかも、あくまで人間のドラマであるところもツァイ氏の魅力。例えるなら木や電柱のような眼を持ちながら、しかも心の眼を持っているかのよう。ぼくの中の固い部分と柔らかい部分を同時に刺激されて、説明できない感動に見舞われる。敢えていうと人間という生物にとっての生の真実みたいなものなのだろうか、ぼくが感じているのは。毎度のことながら素晴らしい映画だった。