幽斎

セイント・フランシスの幽斎のレビュー・感想・評価

セイント・フランシス(2019年製作の映画)
4.6
【幽斎的2023年ベストムービー、ミニシアター部門次点作品】
主演Kelly O'Sullivan 34歳の迷える女性の等身大の演技が絶品。年齢を問わず独身に悩む女性「必見」のコメディ・ブラスター。京都のミニシアター、出町座で鑑賞。

インディペンデント・スピリット・ジョン・カサヴェテス賞ノミネート。場違いなSXSWサウス・バイ・サウスウエスト観客賞と審査員特別賞。Kelly O'Sullivanと聞いて「あぁ、あの女優ね」と言う方は日本には居ないと思う。此れまで17作品に出演するが、日本でのリリースは本作が初めて。彼女は青春映画(久し振りに書いた)の傑作「レディ・バード」に感動。レディ・バードは女性の描き方がトレンドを捉えたが、映画で赤裸々に描かれる事が稀な女性の身体に圧し掛かるプレッシャー、直面する年齢格差、LGBTQに対する差別等をリアルと軽やかさを兼ね備えた視点が秀逸。

映画界ではエキストラに過ぎない彼女の脚本を取り上げる製作者など居ない。しかし、彼女の隣に居たパートナー、Alex Thompson監督は最大の理解者。監督は短編映画では知る人ぞ知る存在、何時長編映画を手掛けるのか注目された。満を持して彼女の脚本を演出したが、低予算インディーズでエージェントも機能せず2人が売り込みに歩いた結果、劇場公開される運を掴んだ。どんなに傑作でも有名スタジオが関与しないと、埋もれてしまう厳しい現実。意外なのは立体音響とは無縁のサウンドミキシングは名門Skywalker Sound。見てる人は見てるのだ。

育児、生理、中絶と言ったテーマを貶める事無く、軽やかに描いた作品は観た事が無い。社会問題も私的問題も、リアルに描こうとすれば当然テーマは重く為る。レビュー済「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」観た後に自分が使うフライパンを凝視する(笑)。重い題材をエンタメを廃して伝える事は間違いでは無いが、トラウマを植え付けるフィードバックも有るし、正論でもハレーションを起こすのは現実でも良く有る話。

O'Sullivanが実際に体験したNannyとして働いた時に子供をベビーカーから転落させたとか、アプローチが驚く程に軽妙。スリラーで言う角度の違いで「コウ言う描き方も有りか」、ヘビーなモノをヘビーに描いても軽妙さを失わないのはナニー(欧米では乳幼児を預かり、しつけをするプロをナニーと呼ぶ、家政婦とは違う)実体験の説得力。女性特有の精神的に滅入る孤独感を、ラジカルではなくストレートに伝えられるクリエイティブは賞賛に値する。独身に悩む方には本作の共感性に心が打たれる事は私が保証する。人生に疲れ切って自分が進む道が分らなく為る、私も含めしよっちゅうです。本作は貴方に同意を求める事はしません。何かの考えに誘導する事も有りません。そんなフットワークの身軽さが世界中の女性の支持を集めたと思う。

ヘビーなモノをヘビーに、の代表例が「生理」映画でストライクに描く事は長年タブー視された。アメリカの性教育はEUに較べるとキリスト教の浸透度の違いから、意外と遅れてる。私の嫌いな(笑)ディズニーがサブリミナル的に「ベイマックス」で取り上げてる。「中絶」も然りでレビュー済「あのこと」の様なアプローチも有るが、最近はレビュー済「カモン カモン」大人と子供を均等に描く作品も増えた。純粋な子供を描く事で、大人の身勝手さ、殻に籠る劣等感を赤裸々に描く視点も又、時代の変化だろう。

男からすれば「中絶薬」を飲めば良いんだろ?的にウエハース並みに軽く考えてると思うが、ソレならセックスは諦めた方が良い。AVの見過ぎでアフターピルとか、事実と違う知識は有ると思うが、昨年から日本でもミフェプリストンとミソプロストール、経口中絶薬が承認された。例えば妊娠8週、心拍が確認できない場合は稽留流産と診断される。女性専用外来的には手術、薬物療法、保存待機の選択種が有るが、大出血した時に救急医療が間に合わない場合、母胎である貴方も危険に晒される。ミソプロストールは副作用が少なくお勧めだが、経口が難しいので医師の説明を良く聞いて。激しい痛みに襲われた後、3時間程度で出血が始まる。本編で描かれた「血の塊」赤ちゃんが出て来るので、お母さんはトイレでお別れする事を忘れずに。男性諸君、自分本位の中出しは厳に慎むべし。

無事に妊娠して赤ちゃんが産まれても、次に「育児」と言う高いハードルが待ち受ける。赤ちゃんに育児ノイローゼに為る一方、先に生まれた小生意気なフランシスは寂しそう。カトリック信者、レズビアン、異人種と言うスリラーで言うマルチレイア―なプロットが1組のカップルに収斂、様々な心に刺さる工夫も、さりげなく凝らされてる。O'Sullivanも深刻で、34歳と言う年齢が日本人から見ても絶妙(他意は無い)、同級生から結婚や妊娠の話を頻繁に聞く、同僚は仕事に打ち込み昇進する、傍から見て充実した人生を送る人を見ると「自分はナニやってんだろう?」遠慮なく、貴方のメンタルをガリガリと削る。

だが、少し立ち止まって考え欲しい。普通であれば貴方の親は先に死ぬ、自分の子孫を見たいと思うのは当たり前。盆や正月に実家に帰る事を躊躇するのも、親のプレッシャーが嫌だから。だが「独身の先の見えない怖さ」も又、一方的な価値観に過ぎない。秀逸なのはMajorityもMinorityも関係ない、誰が勝者で敗者か、二項対立や二律背反を較べたりしない。邦画なら「貴方は可哀想、でも悪くないのよ」だろうが、本作は人生の辛さを均等化した上で全員が被害者と、現実を包み隠さず描く。「私たち女性はこんなに苦しいんだ」男性を糾弾したりしない。そして、誰もが包み隠す「穢れ」を真っ直ぐに描く。本作は何も成し遂げられてない貴方の人生を優しく肯定してくれる、心のデトックスなのだ。

「Saint Frances」聖なるフランシス。悔い改めれば此れまでの罪は全て洗い流せるのだ。
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