幽斎

最後にして最初の人類の幽斎のレビュー・感想・評価

最後にして最初の人類(2020年製作の映画)
4.8
Jóhann Jóhannsson、享年48歳、祖国アイスランドのレイキャビク芸術集団を主宰するが、元はキーボード奏者。オルガンをベースとする音楽はコンテンポラリーから映画と幅広い。ドイツのMax Richter、レビュー済「アド・アストラ」と共にポスト・クラシカルの両巨頭。映画音楽ディレクターとしても「博士と彼女のセオリー」ゴールデングローブ作曲賞。レーベルは世界で最も長い歴史を持つDeutsche Grammophon、日本人では小澤征爾氏も所属する世界最高クラス。作曲家と呼ぶより、音楽家と言った方が正しいだろう。アップリンク京都で鑑賞。

彼の音楽が世界的に注目されたのはDenis Villeneuve監督「メッセージ」Jóhannssonと3度目のコラボだが、リリカルな旋律と心に染み入る内向性が高く評価された。メッセージは私の2016年ベスト・ムービーでも有るが、天才的なのは映画音楽の花形とも言えるオープニングとクロージングに、最大のライバルMax Richterの名曲「On the Nature of Daylight」をソーイングする事で、逆に自らのオリジナル「Heptapod B」を際立たせる、映画音楽では出色のタクティクスを魅せた。

Villeneuve監督の「ブレードランナー 2049」「DUNE/デューン 砂の惑星」も彼がクレジットされる筈だった。ブレランは契約書まで交わしたのに、彼の事務所が一方的に破棄してしまう。代役が日本の皆さんも大好き「テーマ曲の魔術師」Hans Zimmer、彼はChristopher Nolan監督「TENET テネット」を断りJóhannssonの後を受け継ぐ。話を戻すと彼が担当しない理由が見当たらないので、海の向こうのハリウッドでも訝しく報じてたが、その理由は思い掛けない形で明らかに成る。

彼は世界から注目された頃からコカインの常習者。2018年2月9日ベルリンのアパートで死亡。死因はインフルエンザ治療薬とコカインの併用に依る中毒死。インフルの治療薬と言えば日本ではイナビルが一般的だが、処方してる間はロキソニンの様な鎮痛薬、デパスの様な睡眠薬は禁忌とされ、もし摂取すれば最悪の場合、発作で口から泡を吹く痙攣を起こし、酸欠で死に至る。

私は彼の音楽に魅了されOSTアナログ・ディスクを購入。彼の音楽性は時間と言う概念を解放する幻想感が素晴らしい。本作を気に入った方は是非「メッセージ」も聴いて彼を追悼して欲しい。
https://www.youtube.com/watch?v=F0ahB25FJ6o

遺作はNicolas Cage主演「マンディ 地獄のロード・ウォリアー」と思われた。だが彼の死後、事務所から驚きのメッセージが配信された。彼が監督として撮った長編映像が有る事、しかも、ハリウッド・スターTilda Swintonが参加してる事が明らかに。更に彼は傑作スリラー「プリズナーズ」の後で29分の短編「End of Summer」も手掛けてた。私も見たがミニマリストなB&Wの映像と優れたミキシングは、まるで肖像画の一篇。本作の素地は既に出来てた。

元は16mmフィルムで撮影された映像に、Swintonの朗読を加え、その場でオーケストラが演奏するライヴ・コンサート形式。彼の死後、撮影監督が長編映画としてリプロダクト。アーティスティックを損なわない様、細心の注意が払われた。本作は追悼期間を経て2018年12月にSwintonの地元イギリスと、シドニーのオペラハウスでお披露目。2020年ベルリン映画祭でワールドプレミア上映。彼を失った事は文化の喪失とも言えるが、残したメッセージは「普遍的な賞賛」観た人の心に強く刻まれるだろう。

原作はサイエンス・フィクションのレジェンド、Olaf Stapledon著「最後にして最初の人類」国書刊行会。物語は数度の大戦を経験した24世紀。高度な文明を築くも、核エネルギーの暴発が地球のほゞ全域を焦土と化す。人類を襲う火星人の侵略、生物兵器に端を発した疫病の蔓延。それでも人類は進化の階梯を登り、地球を脱出して金星や海王星に移住する・・・この小説はArthur C. Clarkeに影響を与え「2001年宇宙の旅」の元ネタとも言われる。1930年に発刊された本著、読めば貴方も身震いするに違いない。

学生の頃に読んだ「最後にして最初の人類」単行本。見たらAmazonで凄い値段に、売ろうかな(笑)。原作の序文「最後の人類の一人より」が冒頭のナレーションと一致、未来人とのコンタクトを描くが改めて読むと「メッセージ」と酷似してる気がする。チャプター16の中で、本作は15章「最後の人類」と16章「人間の最後」を抜粋。過去、現在、未来の時空を超えた視点は、小説では想像力。映画では貴方の「知覚」も試される。

幾何学的なモニュメントは、旧ユーゴスラビア戦争の遺構を残す「spomenik」スポメニックはセルビア語で記念碑を意味する。それは歴史が生んだ、ディストピア世界。抽象的で未来感を漂わせるデザインは、何がと言われると難しいが兎に角カッコ良い。「2001年宇宙の旅」のモノリスは、これを真似たモノかもしれない。私の先輩が「これってウルトラセブンだな」と言うが、50代60代の方なら分るかな?(笑)。ネタバレでは有りませんが一人も出て来ません。

本作は私の様に静かに興奮するか、ぐっすり寝るかの何れかだろう(笑)。難しく書いたつもりは無いが、万人ウケする作品で無い事は、お解り頂けただろう。だが決して難しい作品でも無いし、ある意味分り易い。Pablo Picassoのゲルニカの解釈ほど難解でも無い。考えて見ると 「メッセージ」も公開当時、賛否が割れた。あの映画も与えられた映像を見るだけでは真意は掴めない。「メッセージ」に共感された方には、是非トライして欲しいが、Swinton繋がりで日本も参加した1993年「BLUE ブルー」好きな方にも薦めたい。

小説は哲学的なイノセントでSF小説で言うアニミズム、テクノロジーに対する悲観ではなく、寧ろリアリストに近い。1930年に描かれた幾つかは、残念な事に予言が的中するが、それは誕生と死を傍観するレクイエム。人間には始まりが有り、必ず終わりが有る。それは宇宙でさえ終わりが有るのだと。本編が70分と長編映画としては短いが、ナレーションだけなら20分程度。此れの意図を推理すると、要点を判り易く手短に伝える現代の風潮に対するハレーション。未来人の時間の概念と私達の価値観の違い。彼らが品格を持って語り掛ける、と言う事は私達は生き急いでると解釈できる。原題Last and First Menが複数形で有る事にも気付くだろう。Jóhannsson監督は人間と音楽の対話の相似を描いたと私は思う。

映画館よりも美術館で見た方がインタレスティングだが、これを京都の劇場で観れた事は幸運だった。Jóhannssonの音楽は「音圧」も大事なので出来るだけ高音質で聴いて欲しい。映画用に編纂した撮影監督Sturla Brandth Grovlenのカメラが秀逸。計算され尽した画角のアプローチは、これだけで見る価値アリ。B&Wをハンデとしないクローズ・アップで分る質感の素晴らしさ。引きの絵で分る巨大なモノロケーション。Jóhannssonの音楽が重なる事で、私には建造物が生きてる様に見えた。これが命を吹き込むと言う事か、嘘ではない。

異色ドキュメンタリー「コヤニスカッツィ」を思い出した。音楽監督Philip Glassはミニマル・ミュージックの旗手として持て囃されたが、Minimalismと言えば私の一番好きな作曲家Erik Satieが代表格。この系譜を日本人で言えば久石譲が有名。Jóhannssonの音楽は、ミニマリズムを受け継ぎ、更にムダを削ぎ落とした現代版とも言える。本作を解く鍵は「物語に参加して自ら作品を完成させる」その楽しみを見つけた人は勝ち。映画館は美術館と同じく、自ら想像力を働かせるエンタメで有って欲しい。

神の啓示を思わせる答えの無い作品。娯楽より芸術の意義を全うする、完璧なアート映画。
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