ぴののわーる

ペルシャン・レッスン 戦場の教室のぴののわーるのレビュー・感想・評価

3.5
ヒューマン系の映画が好きな者です。
SNSでの紹介をきっかけに知って、ずっと見たいと思っていた作品をU-NEXTで見つけて試聴。

まず最初に、作品のギミックはよくできていたと思う。
「収容所のユダヤ人の名前を使って架空のペルシャ語をでっちあげる」
「解放後に、その単語から収容されたユダヤ人の名前が思い出される」
「収容所の名もなきユダヤ人の名によって作られた言語を努力して覚えたユダヤ将校は、それをきっかけに虐殺に加担した責任を取らされる(逆襲・復讐)」
という構図は確かに面白いものがあった。

それだけでなく、この作品はナチス将校である大尉も人間であり、ペルシャ語を習いたい彼にも複雑な事情がある…という一面も描き出しており、奥行きのある作品に仕上がっていると思う。
また、彼が他のナチス党員から男色を疑われたように、彼が主人公に対し、片面的?な友情(嫉妬のようなものもあったし、愛情に少し踏み込んでいる?)を感じられたのも、大尉の人間らしさを強調してよかったと思う。

しかしながら、この作品は「映画」としては正直退屈だったように思う。
ナチスの収容所の中という緊張感の高い場で、死が絡む場面は確かに画面から目を離せなかった。しかしそれは死という、比較的観客の興味を引きやすい要素であることは否定できない。
ギミックや人間臭さの描写は確かに秀逸であるが、筋書きに関してはあまり面白いものとはいえず、なんだかドキュメンタリーを見たような気分に近いものだった(監督曰く、これは元ネタとなった実話があるのではなく、あくまで短編小説が元ネタだそう。迫害されたユダヤ人が機転を効かせて生き残った事例はけっこうあるみたいだけどね)

どうも、この面白くなさの根本には、こういう要素があるんじゃないかと思っている。

・「殺す者と殺される者」の関係の間で、殺す者が一方的に友情を感じても、それは見せかけでしかない。それもその友情は騙されて感じているものである。描かれている友情が、どうも空虚なのである。もう少し2人の間に、心を通わせる何かがあってもよかったんじゃないか。
・2840語を1日4語覚えるとすると、単純計算で710日である。ほぼ丸2年の学習を、彼がナチス将校であるとはいえ、やった結果があの結末なのは、どうもモヤッとする。結末はあれでいいと思うが、途中で何かしら報われる要素があってもよかったのでは。
・組織の論理と感情の論理が食い違っている。確かに組織の論理でいえば、大尉はナチス将校であり、ナチスの虐殺行為に加担した責任を取らなければいけない。一方で、虐殺に加担したとはいえ、具体的にやっていた日々の業務は美味しい料理を作ったり事務を指揮するなど間接的な行為であった。また、彼は疎遠になってしまった兄との関係を修復するため、ペルシャ語の習得に励み、その教師である主人公を信頼し、友情を抱き、最後までかばった。彼が最終的に裏切られ「バカをみた」のは、感情の論理としてはどうしても疑問を抱いてしまうのである。
・生き残るためとはいえ、「嘘をつき続ける」主人公である。応援するためには、もう一押し、「おおすごい」と観客がその巧みさに舌を巻くような、そういう描写があってもよかったのでは。その場で機転を効かせて創作して、それを努力して覚え続けるだけで十分すごいけどね…。
・「やーいこいつ騙されてやんの」とみるべきか、「2人の間に友情が芽生えたんだね」とみるべきなのか、よくスタンスが分からない。前者として見るには大尉に同情したり汲むべき点があるし、後者として見るには2人の関係はそこまで進展していない&ラストがしっくりこない。

こんな感じで、どうも大尉と主人公と観客、三者の気持ちがすれ違っているというか、共感の生まれにくい話だったと思う。ドキュメンタリーならまだしも、フィクションならもう少し味付けをしてもよかったのでは…(事実に基づいてない時点でドキュメンタリーではないし、フィクションにしては演出が弱い)

ということで、「架空の言語でナチス将校を騙す」という、作品のコンセプトとしてはめちゃくちゃ興味を惹かれるものだったが、中身というかその調理はあんまうまくいってないなぁと思う印象。
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