KnightsofOdessa

Kill It and Leave This Town(原題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

4.0
[記憶の中では、全ての愛しい人が生きている] 80点

男が暗闇の中で吸う煙草の火だけが明るく灯り、窓の外には薄暗い靄の中にもうもうと黒い煙を吐く工場が乱立している。ポーランド最大の工業都市ウッチを舞台に、1960年代から70年代に掛けての少年時代を回顧しながら、現代へと幻想的かつグロテスクな橋渡しをする本作品は、本国でも有名なアニメ作家マリウシュ・ヴィルチンスキの初長編作品である。製作には15年近くかかっており、その間にアンジェイ・ワイダやタデウシュ・ナレパなど何名かの出演者が完成を見ることなく亡くなってしまっている。

本作品によく登場するのは、人間が虫や魚のようになって高次存在(多くの場合人間か鳥)に消費されるシーンである。頭を殴打されて首を落とされる魚、踏み潰される蜘蛛のシーンはご丁寧に人間へと変換されてもう一度繰り返される。そして、船が海を進んでいると思ったら浴槽だったり、幼児退行した母親がドールハウスの人形になったりと、人間の存在がフラクタル構造を高次へと登り続けるように広がっていく。精神的に不安定な母親の記憶、或いは純粋に抑圧された共産主義政権時代のポーランドの息苦しさ、そして形態は違えど同じ息苦しさを創作活動に感じている現在の監督の不安など、様々な要素が複雑に絡まりあった頭の中をグロテスクなアニメ世界にぶちまけているかのようだ。乱雑に描かれた線はドン・ハーツフェルトを思い起こさせるので、彼が『ファンタスティック・プラネット』を描けばこんな感じになるのかもしれない。

彼らを照らす光が人工灯しかないように、全てが闇の中で展開し、あらゆる時間が停止している。これらの記憶は"忘れないでくれ"と叫ぶ死者たちが這いずり回っているかのようだが、それらに対する恐怖や悪夢を感じさせる乱雑さの中には、彼らに対する深い愛情も感じられる。現実と過去は繋がっていて、これまで歩んで来た道を振り返ると、一枚絵のように全ての人間がそこに居て、全ての愛しい人間が生きているのだ。過ぎ去りし日々を振り返りながら、これからの日々をも見据えた時代横断的な行脚に、現実逃避、郷愁、悪夢、恐怖、不安といった正負様々な感情を詰め込み、映画は思い出の浜辺で幕を下ろす。そこに並ぶのはガリバーのように地面へと縛り付けられた無数の男たちであるが、自分の頭にへばりついて離れない記憶と共に生きることを決意したかのような安らかさがあった。
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