えるどら

大怪獣のあとしまつのえるどらのレビュー・感想・評価

大怪獣のあとしまつ(2022年製作の映画)
2.3
伸びまくったラーメン大盛り、最後のスープがほんとに不味くて辛かった。

話題の映画がプライムに来たので早速鑑賞。
全編通して何とも言えないクサさと寒さで、いまいち乗り切れないままエンディングを迎えた。
さながら伸びたラーメンのような映画だった。

======ここからネタバレ======

酷評する部分が多いので先によかったところを。
まずオダギリジョー演じるブルースのキャラ。
ビジュアル、性格、オダギリジョーの雰囲気も相まってたいへん良かった。
あと各大臣たちも味があって良い。
有名俳優さんが演じる各省の大臣はキャラが立ってて良かった。
基本的に俳優さんやキャラクターは好感触で、コメディ寄りの邦画だとこんなもんでしょという感じ。

以上。
ここから酷評が多くなる。

この映画が苦しい原因は2つ。
「単調で行き当たりばったりの展開」と「全てを無に帰すラストシーン」。

まず「単調で行き当たりばったりの展開」について。
そもそも話の筋が通っておらず、キャラクターが取っ散らかっているのだ。
群像劇のようなものを作りたかったのかもしれないが、関係無いキャラが多すぎたり、キャラを掘り下げられてなかったりして中途半端にどのキャラにも愛着が湧かないし話が進まない。
総理大臣にあれだけスポットがあたるにも関わらず結局何もしていなかったり、主人公であるはずのアラタの考えや行動が視聴者に伝わっていなかったりといったことが発生している。

例えばこの作品が「アラタの成長の物語」として再構成されたらどうか。
3年前に謎の失踪を遂げたアラタは元恋人のユキノに秘密を打ち明けられないでいる。
その3年の間にユキノは別の男と結婚し、世界は怪獣の死体に慣れきってしまった。
自分は再び怪獣に関わるポジションにつき、その処理を任された。
3年前に怪獣を殺したのは自分のため、奇しくも秘密の清算を任される運命になったわけだ。
怪獣の処理を試行錯誤するうちにアラタの中で徐々に心境が変化し、過去の秘密をユキノに打ち明ける決心がつき、最終的に全てを明かしユキノと結ばれる。
……アラタにスポットを当てるだけで普通の映画になりそうだ。
映画の主軸、物語の筋をアラタかユキノに据えるだけでもう少しマシな映画になるはずだ。
本作は総理大臣や他の大臣が中心のシーンが多すぎる。

加えて、面白くないギャグシーンが多すぎる。
ただでさえ進まない物語が、寒いギャグのせいでつまらなさを助長させている。
それを30秒に1回入れられるので体感時間がぐんぐん伸びていく。
いつまで続くんだこれって気分にさせてくれる。
まぁ正直、最初のうちは新鮮で面白かったんだ。
特に大臣会議は結構好感触だった。
俳優さん豪華だし、すきな方ばかりだし。
笹野高史さんは作業着もスーツ姿もまじでカッコいいから普通にテンション上がった。
…ただ長いし、くどいし、おもんないし、飽きるのよ。
そしてここ以外でもくだらないギャグパートが山ほど入るせいで新鮮みも無い。
話の本筋に不必要なギャグシーンの量産が映画そのものを単調でつまらなくしていた。
(下ネタ・嫌中韓ネタは普通にドン引きした。あれを面白いと思うの監督センス無いわ)

以上、そもそも話の筋が通ってないのに面白くないギャグシーンを散在させたことで単調で行き当たりばったりの展開が生まれている。
まるで伸びきった麺を延々と食べさせられているようで辛かった。

次に「全てを無に帰すラストシーン」について。
もう単純に「それはやっちゃ駄目だろう」の一言に尽きる。
「デウスエクスマキナ」とか言ってるが、要するに「ご都合主義」ってことだろう。
これは主観だが、映画はラストシーンのために見るものだ。
物語の終末、主人公の行く末を見るために見続ける。
そのラストシーンがこれっていうのは、さすがにあんまりなのではなかろうか。

世の中には「良いご都合主義」と「悪いご都合主義」がある。
「良いご都合主義」は別名「胸アツ展開」なんて呼ばれるし、本作のような特撮映画に必要なのはこの展開だ。
じゃあこの「良いご都合主義」とは何かというと「我々視聴者が望む展開に都合良く進む」ということだ。
プリキュアのミラクルライト、ジャンプ主人公の覚醒、仮面ライダーの新フォーム、カードゲームアニメの神引き…etc
我々がキャラクターに「何としてでも勝って欲しい…!」という願いが「ご都合主義」をカタルシスへと昇華させてくれる。

では本作はどうか。
単調で行き当たりばったりな映像を見続けた先に突然シャッターを下ろされる。
主人公の掘り下げが甘いせいで誰もあのEDを望んでいないのだ。
途中の映像がつまらなくとも視聴後感が良ければまだ救われるというものだが、これでは消化不良だろう。

多くの人は期待通りにならないことにストレスを覚える。
ハッピーエンドだと思っていたのにバッドエンドだというだけで「クソ映画」と言ったりする。
本作にこびりつく「クソ映画」のレッテルはラストシーン後の心境が影響しているのではないかと思う。

さんざん伸びきった麺を食べさせ続けられ苦しんで、最後のスープ一滴がいちばん不味かった。
何がデウスエクスマキナだ。
今までの2時間は何だったんだ。
一晩で脚本書いたとかじゃないのか。

まとめ。
結局、苦痛の先に何も無かったというのがこの映画がつまらないと感じる理由だった。
見ていてダレてきて、もう何でもよくなって「終わりよければ許してやる…」くらいまで来てるのに終わりに何もなかったから「許さねぇ…!」ってなっちゃった。
世の中がこの映画を酷評するのは、この映画に絶望させられたんだよね。
えるどら

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