シズヲ

空白のシズヲのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
3.6
色々とテーマ性を根付かせてはいるが、よくよく考えたら普通に吉田新太演じる親父のための映画。娘に目を向けてやれずに父親として挫折したことに折り合いを付けられなかった男の暴走、そして自己を省みて浄化に至るまでの話である。心を踏みとどまらせる人間性なるものの話なのだろうなあ。松坂桃李演じる“なあなあで跡を継いだ空虚なスーパー店長”の浄化もまた最終的には話の帰結点となるけど、究極的には親父のドラマの付随品に思う。ぶっちゃけ松坂桃李、殆ど巻き込まれた側なんだよなあ。巻き込まれなかったら自分の過去や仕事への想いとも区切りを付けられなかった筈なので、決して意味が無い訳ではないんだけどね。

明らかに娘が万引きをする土壌を作っている親父の“嫌な感じ”は凄まじく、娘視点での閉塞感や凄惨な事故の描写も含めて冒頭から強烈な息苦しさに溢れている。そこから始まる親父の暴走、不条理と不快感が入り混じったような“血肉の通った怖さ”がある。登場人物はみな何らかの欠落やエゴを背負い、無意識のまま自分や他人を追い込んでいく。痛みを背負ったままの人間は次第に何かを蝕んでいくという遣る瀬無さ。まるで伝染病のように何かを呪っていく。そんな彼らの心情に対し、周囲を取り巻く第三者達は冷徹かつ無責任に事態を“混乱”へと後押ししていく。報道を激化させるジャーナリストも、面白半分のネット民も、事勿れ主義の学校関係者も、等しく誰かの苦痛を抉って破綻への道筋を作っていく。この恐ろしさは忘れ難い。

ただ報道やネットの描写自体はちょっと過剰な感じがして違和感はある。ここで言うほどリアリティーみたいなものを感じなかっただけに、作品へと没入する上でのノイズになってしまった節は否めない。確かに現実でもモラル的にヤバいところは相当あるんだけど、作中の描写はなんか平成初頭か半ば頃みたいな倫理観の水準で何処か引っ掛かるものがあった。中学生の万引き事故死はショッキングであっても「ここまでセンセーショナルに過熱するか?」という印象。それでも“無責任に焚き付けていく大衆”としての戯画化された演出と考えれば分かる。

親父は“娘と向き合えないまま喪失した”という最大の呪いを背負ってしまったが故に、作中で最も痛ましい歪と化す。何かが正しいという話で割り切れる作品ではないとはいえ、それでも敢えて言うとぶっちゃけ親父は悪い。親父の保護者としての悪徳ぶりが大元の発端めいている。事件が起こった後の一連の行動も“親としての挫折”という域を超えて火に油を注ぎ続けているし、松坂桃李とかは完全にとばっちりを受けた側になっている。寧ろ親父はそれだけ悪いからこそ、自らの感情や過ちと向き合って清算へと至ったのだと思う。本作の全ては親父の浄化にあると言っても過言ではないし、親父の自省や贖罪を中心とする“救済への一歩”にこそ最大級のカタルシスを感じる。他の登場人物達が抱える欠落は、はっきり言って親父の心情が持つテーマ性を作品単位で固めるためにあると思った。

それでもなお俳優陣が見せる演技には確かなる迫力と悲壮感があるし、だからこそ登場人物らの“痛み”と“空虚”が生々しく際立つ。そんな中でどれだけ厳しく当たられても親父に付き添ってくれた漁師の青年、作中において誰よりも真っ直ぐな善意と人情を持っているんだよな。彼が報道陣に対して本気で憤る場面は、それを見つめる親父の何とも言えぬ表情も相俟って印象に残る。「このままだとホストやるしかなくなる」と軽口叩いて親父の元へと戻ってきた下りも安心感があって愛おしい(ここの親父、嬉しそうなんだよなあ)。

本作の寺島しのぶ、なんというかシンジくんに肉体関係を迫るミサトさんみたいな怖さがある。“善意で余計なことを繰り返してるうちに店長に入れ込んで結果的に追い詰めていく人”としての生々しい解像度があるので恐ろしい(善意の押しつけは苦しいんですよ!というツッコミが妥当すぎる)。でも松坂桃李が常にあんな調子なので、あれくらい厚かましくなるくらい心配になる気持ちも分からんでもない。
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