ボブおじさん

空白のボブおじさんのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
4.3
ブライアン・デ・パルマの「キャリー」を思い起こさせる、冒頭の美しいスローモーションが、その後の彼女の不幸を予感させる。

女子中学生がスーパーで万引しようとしたところを店長に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれて死んでしまう。娘に無関心だった父親は、せめて彼女の無実を証明しようと、事故に関わった人々を厳しく追及するうちに恐ろしいモンスターと化していく。

〝俺の娘がそんなことするはずがない〟込み上げてくる怒りの拳を振り下ろしている過程で、彼は〝娘のことをほとんど何も知らなかった〟ことに気づかされる。

自分にも問題がある事に気づいていながら、その思いに蓋をして、ただ周囲に怒りをぶちまける💢

物語のモチーフとなったのは、かつて古書店で万引きを通報された中学生が、逃走中に死亡した実際の事故だ。非難を受けたこの店は、やがて閉店したという。

人生では誰もが被害者であり、加害者である。だが人は往々にして加害者ではなく、被害者になりたがる。人への加害には鈍感なくせに、被害には鋭敏で不寛容だ。

殺意のない不幸な事故は、誰にでも起こり得る。自分は被害者かもしれないし、加害者になるかもしれない。

劇中では加害者が、ある日突然被害者になったり、被害者が加害者かもしれないと思わせたりして、単純な二項対立を許さない。場面ごとに感情移入する対象が入れ替わり、終始心を揺さぶってくる。

逃れようのない不可抗力で罪を犯す人、加害者の母であり被害者にもなる人、正論を振りかざす厄介な人なども登場し、感情の置き所が定まらないのだ。

自分の人生から大切な人が、ある日突然消えてしまった空白
自分の行為が人を死に追いやったのではと思い悩む心の空白
人と人との繋がりが、希薄となってしまった現代社会の空白

〝あの子の好きなテレビや音楽は?〟に思わずドキッとしたお父さんも多かったのでは。

被害者の父(古田新太)とスーパーの店長(松坂桃李)、主役2人の演技が素晴らしいのだが、それを取り巻く周りの人達の話もよく出来ている。

誰にとっても不幸しかない話の先に、ほんの微かだが明かりの見えるラストまで無駄なシーンがまるでない映画だった。


公開時に劇場鑑賞した映画を動画配信にて再視聴。