緑

アイヌモシリの緑のネタバレレビュー・内容・結末

アイヌモシリ(2020年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

熊受難映画。
エンドロールの
この映画で傷つけられた動物はいないという
文言を見るまで落ち着かないことこの上なし。

「イオマンテ」という言葉は知っていても
内容を知らなかったのでかなりの衝撃。
熊を大切に育てて自分たちの手で葬って
あの世で「人間界はいいところだった」と
言ってもらうって無理筋すぎるだろ。
自分が親に大切に育てられて
程よく育ったところで殺されて、
いやーいい親だったなんて思わんでしょう。
基本的には文化はどんなものでも尊重すべきと
考えている自分でも生き物の生き死にの話となると……。
とはいえ、経済動物を誰かの手で殺してもらい
それを食する自分と、
信仰としての必然があって熊を殺す人たち、
どちらも生きるために必要なこととしての殺生であり、
論理的に自分を正当化することは不可能だ。
熊を葬る理由がもう少し納得しやすいものだったら、
またはただ信仰のためとしか説明されていなければ、
ここまでの嫌悪感はなかったかもしれない。

自分にとっては熊受難映画だが、
本来はアイヌという出自を持つ少年の成長物語。

アイヌ文化の自然な紹介だったり、
アイヌの人たちのバネの効いた動きだったり、
熊を飼い始めたデポがカントを餌係にするも
勝手にイオマンテ用の熊にすると決めたことに
お母さんがちゃんと苦言を呈したり、
カントのバンド活動もアイヌの楽器の使用の有無を絡めたり、
カントのアイヌへの思いの揺らぎだったり、
いいなと思うシーンは多々ある。

が、肝腎のカントがイオマンテを受け入れるに
至った過程が弱すぎるように思う。
死者の村から訪れた亡き父親に
抱きしめられたからってだけでいいのか?
これで成立させるには、
父が何故イオマンテをやりたがっていかの
説明が必要ではないか。
デポと同じでアイヌの魂としてみたいなことでいいのか?
だったらそういうシーンが要るのではないか。
ここが弱いので、
壁や窓は立派なのに柱が細い家のような印象になってしまった。
緑