むーしゅ

ミッドサマー ディレクターズカット版のむーしゅのレビュー・感想・評価

4.2
 ディレクターズカット版が公開されるとのことで、これは見ねばと思い鑑賞。タイトルの「ミッドサマー」は欧州の伝統的な祭事の1つである夏至祭を意味しており、本作はアメリカの大学生たちが仲間の一人であるペレの誘いにより、彼の故郷であるスウェーデンのホルガへ90年に一度の夏至祭を見に行く、という物語です。

・フォークホラーだからこその美しさ
 本作は日本では聞きなれないフォークホラーという珍しいジャンルの作品となっています。フォークホラーはイギリス産であることや、ミニズムやパガニズムを描くこと等様々な特徴や共通点があるようですが、その中の1つに風景を美しい手法で描くことというものもあるのだそうです。
 その特徴の通り、本作は自然が本当に美しく表現されています。宗教色の強い田舎の村である「ホルガ」だからこその美しい自然風景であるのはもちろんですが、物語中何度も登場するドラッグの幻覚を表現する目的も兼ね、VFXにより動き出す植物達がよりその美しさが際立ちます。また後半は椅子や洋服、冠など、花々装飾のオンパレードになっていきますが、民族衣装の白と北欧らしい金髪によって、より鮮やかな花の色が引き立ちそれだけ見ているとホラー映画を見ていることを完全に忘れてしまう美しさ。しかしこの忘れてしまうことこそがふいに来るホラー要素の恐怖心に拍車をかけていることは間違いないですね。

・心の奥から沸き起こる不気味さを持つ世界観
 本作は通常版とディレクターズカット版の2種類公開されています。ディレクターズカット版との差の約20分は、1つの儀式とその他登場人物間の人間性関係がわかるシーンが数か所が追加されているようで、やはり見るなら20分追加された状態で見たいですね。というのもこの映画はそもそもショッキングなシーンが多いものの、そのシーンが怖いというよりそこへ行きつく過程を理解できた時が一番怖い映画なんですね。そのため、別に恐怖のシーンを見てほしいという訳ではなく、彼らの交わされる会話等を理解していってほしいですし、それによっていかにおかしいことが起きているのかを理解したいです。そこまでしてもなおなぜか主人公ダニーと同じように最後には感覚がマヒしてしまう状態を味わうことで、作品を見終えて現実に戻った瞬間に怖くなるんですね。一番怖いのはまさに、見終えた後に自分がこの儀式にある種の美しさを感じてしまっていることを理解したときです。

・カルト色強めの様々な伏線
 冒頭ファンタジー色満点なタペストリーから始まり、それがその後の物語を表しているのはもちろん、本作は様々なシーンでその後の未来を予見するものが登場しています。村で見つけたある種の恋物語をつづったタペストリーや宿舎の壁に描かれたさまざまな絵等、作品のいたるところに伏線としての要素がちりばめられています。その伏線は米国シーンから始まっており、物語序盤でダニーが横たわるベッドの上にはスウェーデン出身の画家であるJohn Bauer氏の「Poor little Basse!」という絵が飾られていますが、これはもう完全に本作の結末を暗示していますね。こんなところから結末までつなげていたかと思うとさすがです。
 またその他にもルーン文字を物語中のいたるところで使用したり、スウェーデン語をあえて翻訳していなかったり等々、これはもうこの作品を何周もさせる気満々な監督の仕掛に感服です。間違いなく今後も語り継がれる知る人ぞ知る名作に名を連ねましたね。

 話題にはなっているものの正直そこまで期待していなかったことと、前知識を入れずに鑑賞したことで、見終えた後の衝撃のレベルは圧倒的なものでした。結局はある種のラブストーリーなのですが、どんなラブストーリーやねんと言いたくなります。人に勧めにくい作品ではありますが、スプラッター的な要素ではなく真の意味での恐怖を理解してくれる人にはぜひ勧めていきたい作品でした。いやーこれはすごい。
むーしゅ

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