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海を待ちながらのnetfilmsのレビュー・感想・評価

海を待ちながら(2012年製作の映画)
3.8
 カザフスタンとウズベキスタンにまたがる大湖・アラル海。マラット船長(エゴール・ベロエフ)は妻タマラ(アナスタシア・ミクリチナ)に今日こそ私を連れ行ってと言われ、渋々ながらも一緒に海に出る。ところが航海中に大嵐に遭遇し、愛する妻やかけがえのない仲間たちを失った。9か月後、呑んだくれた男は列車で亡き妻の妹のダリ(アナスタシア・ミクリチナ=一人二役)と再会する。秘かに姉の旦那に好意を寄せていたダリは傷心のマラット船長を支えようと身体を差し出す。客車の中で貪るように愛し合う2人の姿が印象的だ。然しながらマラットは妻タマラの幻影を仄かに醸すようなダリと愛し合ったに過ぎない。そのことにダリの心は疲弊する。だがその一夜の愛はマラット船長の眠っていた気持ちに火をつけるのだ。こうして放蕩息子の帰還はドラマチックな展開になりそうにも思えるが、港町の人々の反応はごくごく冷たい。幽霊船の中にはタマラとダリ姉妹の父親がいて、ある種放蕩息子の帰還に手荒な反応を示す。互いに認め合いながらも、彼の航行判断が許せない義父と加害者としての義理の息子の姿。ここでは主人公も愛する妻の父親も、まだまだ傷の癒えていない弱い男性としての姿を晒す。

 すっかり干上がった海は砂漠の村と化し、その土層からは草すら生えない。この干上がった湖の街そのものが大湖・アラル海のメタファーとも言えるのだ。かつては世界第4位の面積を誇りながら、半世紀で水かさが10分の1まで干上がってしまったアラル海ではもはや漁業では食うことすら出来ず、農業で糊口を凌ぐだけだ。だがマラット船長はかつての漁業隆盛の時代に縛られたまま身動きが取れない。彼は愛する妻やかけがえのない仲間たちがいる場所へ行こうと、干上がった砂漠の上をただひたすら海のように船を漕ぎ出すのだから。その心底とち狂った姿に村の人々は嘲笑をやめないし、彼の存在自体がこの村の呪われた元凶だと揶揄することになる。然しながらマラット船長はここではないどこかを目指して船を漕ぐ。そのフドイナザーロフ史上最も鈍重なガジェットの動きは理解不能な絶望を晒しながら、mm単位で抵抗を続ける。映画はマラット船長とダリとの結ばれぬ愛を前景に据えながら、それゆえ亡き妻タマラへの愛が逆説的に露になる。一方でマラットの親友バルタザール(デトレフ・ブック)はサイドカー付き二輪車を走らせる飛行機のパイロットなのだが、マラットの船に事情ならざる思い入れを捧げる。船の出港停止と共に露わになるのはフドイナザーロフ映画における父子の不和だろう。マラットと義父の関係性もバルタザールと不良息子との関係性も結局は上手く行かない。クライマックスの幻影はフドイナザーロフが生涯夢見た地政学的な希望に他ならない。住処を追われ、旧ソ連体制崩壊後も祖国を追われ、タジクではない別の場所で映画を撮り続けるしかなかった彼の人生は最期まで報われることがないまま、祖国から遠く離れたドイツの地で客死した。享年49歳。彼が今生きていたらいったいどんな映画を撮ったのだろうか?
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