蟬丸

Swallow/スワロウの蟬丸のネタバレレビュー・内容・結末

Swallow/スワロウ(2019年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

"swallow"というのは飲み込む、という意味らしい。あとは抑え込む、という意味がある。「喉元まで出かかった不満をぐっと飲み込む」といった表現があるように、自分の意思を飲み込むことは抑圧または妥協である。この映画は、おそらくそれまで色々なものを我慢して飲み込んできた女性が、飲み込むこと(そして最後には出すこと)によって自由を取り戻す物語である。と僕は思いました。

嫁ぐ、というのは核家族化が進行する今日日時代遅れの表現だと思うが、ハンターは文字通りエリート一家に後継をもたらすものとして嫁いだ(少なくとも義実家はそういうスタンス)のであり、そして配偶者の家がそんな風なのは悲惨である。子どもが産めれば誰でもいい。ハンターに求められるのは女性としての機能であり、それさえあればあとは何でも良い。だから仲を深める上で大事な個人的な話などは遮られ、ないがしろにされる。ただその場にいるだけの存在。人が集団の中にいて孤独を味わわないためには非代替性、あるいはかけがえのなさ、つまりほかでもないあなたがいなくてはいけないという言葉、もしくは何らかの重要な役割が必要だと思うのだが、夫含めた義実家になにより大事なのはハンターではなくそのお腹の子どもであり、新たにひとつの命を宿したハンターがむしろ孤立感を深めていくのは妊娠を両親に報告するシーンからなんとなくわかる。

異食症、というイレギュラーが言わずもがなこの話のキーである。リッチーが家父長としてハンターをコントロールし、無事に出産を終えて幸せな家庭が築き上げられていく、では映画にならないしパターナリズムも倒せない。異食は、結婚-妊娠という過程を経てエリート一家の統制下におかれかけた自分の身体の主導権を、自由を取り戻すための武器なのである。ありとあらゆるものを飲み込みたいという抑えがたい衝動によって抵抗し、身体を取り返すというのは、コントロールできないものによってコントロールするということで、なんか逆説的でおもしろい。本当に逆説的になってるかわからないけど。

ラスト付近の血の繋がった父親に会いに行ったシーンで「父親と自分は違う」と確信し涙を流していたが、あれはなんだったのだろうとしばらく考えた。レイプをした(遺伝子上の)父親、産むことを決意した母親、レイプによって産まれた自分。恋愛-結婚-妊娠という一連の流れによって子を宿した自分。産まない、という選択をした自分。グルグルする。

レイプは紛れもなく暴力である。そしてその暴力によって産まれる命があり、ハンターがそうであった。しかし、命を産み出すことがあったとしても、レイプは暴力である。

堕胎は暴力にあたるだろうか。堕胎によって命はひとつ失われる。ハンターはそうした。しかし、命を失くすものだとしても、堕胎は果たして暴力にあたるのだろうか。

ということだと考えた。そして産む/産まないという選択について、必ずしも産むことが良いことで、産まないことが悪いことだとは言えないだろう。

ハンターが幸せになることを切に願う。
蟬丸

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