KnightsofOdessa

Swallow/スワロウのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

Swallow/スワロウ(2019年製作の映画)
3.5
[わたしの体は、わたしのもの] 70点

最年少役員として父親の会社に迎え入れられる夫、ハドソン川を臨むガラス張りの大豪邸、大金持ちの義理の両親。傍から見れば"何不自由ない"生活を手に入れたかに見えるハンター・コンラッドは、その実ゴム人形のように同じ笑顔を貼り付けざるを得なくなった籠の鳥だった。彼女の話や存在に夫家族は全く興味を保たず、おとぎ話のヒロインみたいな"妻"として記号のようにしか捉えられていない。そして、彼女が妊娠した時、名実ともに彼女の体は彼女のものではなくなってしまった。Carlo Mirabella-Davis の長編デビュー作である本作品は、"日常"から逸脱している主婦という観点からも『ジャンヌ・ディエルマン』へと肉薄していき、都市郊外地域での主婦生活の崩壊という意味でトッド・ヘインズ『SAFE / ケミカル・シンドローム』を踏襲していく。いや、これは完全にCom Truise の"Propagation"の世界だ。ようやく言えた。

彼女は急速に異食症へ目覚めていく。最初はビー玉、次は画鋲、小石、ネジ、ドライバー、電池と飲み込む物体はどんどん大きくなりエスカレートしていく。まるで妻という概念を愛しているかのような夫は、そこから逸脱していくハンターを理解しようともせず、願い通りの枠組みに戻そうと躍起になる。夫の両親も"未来のCEO"が云々といって、ハンターのことなんざ欠片も気に掛けていないのは明示されているようなものだ。彼女が物を飲み込むのは、単純な興味やただの精神異常ではなく、自分の体を自分の支配下に取り戻す行為の一環なのだ。彼女には友人も登場しなければ、病院以外外出するシーンすら描かれず、ゲームアプリでつまらなそうに時間を潰し、遂には異食症を止めるために家事を代行する男が四六時中彼女のことを見張ることになる。そして、明かされる彼女の背景からは、彼女が産まれてからずっと息の詰まる空間で認められずに過ごしてきたことが分かる。

二点、奇妙なのは、家事を代行する男はシリア難民という設定があるのだが、"死ぬか生きるかのシリアでは精神病なんかなかった"と言うシーンだろう。そんなことないんじゃない?彼の設定は後にハンターが逃走する決意への呼応として回収されるが、これは少しやり過ぎという印象。もう一つは、母親をレイプした本当の父親に会いに行く下りが必要なのかという話。ちょっと記号化しているキライもあってモヤモヤする。

自分の人生を完全に取り戻すのも"飲み込む"という行為だった。彼女は"飲み込み"、それを"外に出す"ことで存在証明と身体支配権の回復を同時に行い、それに成功したのだ。
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