おいなり

ピーター・パン&ウェンディのおいなりのレビュー・感想・評価

2.9
最近のポリコレゴリ押しで非常に評判が悪いディズニー。

個人的には、実在の人物の人種が変わってるとかドキュメンタリーで嘘をついてるとかでない限り、俳優の肌が何色でもそこまで気にならないというか。
人種的な問題については、我々日本人からみたら「よその国の事情」なわけで、現地の空気感も知らない海の向こうの人がよく考えもせず文句言うのも違うかなと思う。
というかそういうこと言う人に限って、海外からの日本disに猛烈にキレてたりするし、よくわかんないですね。



……というわけで、黒人女性演じるティンクや、多様性に富んだロストボーイズが話題になったにも関わらず、ディズニーの「超名作の実写化シリーズ」の中にあって、明らかに扱いが小さく、ひっそりとストリーミング限定で公開された本作。
まぁ正直、試写室で本作を見せられた経営陣が頭抱えたくなる心情も理解はできるが、結果としてせいぜい零細ユーチューバーがポリコレ叩き動画で脳みそスカスカの視聴者から再生数を巻き上げるための材料くらいにしかならなかった本作は、果たして「ポリコレの犠牲者」だったのでしょうか?



大筋ではアニメ版を拾いながら、現代版アップデートや!とばかりにリアル志向のくすんだ色合いの絵面に。
そういう流れは一昔前はよくあったけど、子供が子供のまま生きられるモラトリアムの理想郷・ネバーランドの色彩としては、ぜんぜん魅力的に見えないせいで、現実と夢想の比較になってないように見えた。
映し出される自然はそこそこ雄大なんだけど、異世界というよりはちょっと頑張ればいける海外のどこかって感じが強い。
というかそもそも、青空の下のシーンが異様に少なくて、上映時間の大半、95%くらいは洞窟とか船とかのスタジオセット丸出しのシーンなせいで、そもそもネバーランドという舞台設定がまったく機能していない。

「本当は怖いグリム童話」的な、もしかしたらオリジナルの原作の雰囲気再現とか言われたら(原作読んだことないから知らんけど)アニメ版との違いも「ふーん」くらいには思えるけど、他のディズニー実写作品と比べると明らかに低予算なのもあってか、なんかすごく陰鬱な印象の絵作りに。

その上、素人同然の子役が多いせいか、そもそもの演技指導のせいなのか、どうにも学芸会的な感じが拭えない。
目を細めるとワイヤーが見えそうな浮遊シーン、グリーンバックの前で必死に演技するティンク、ピーターパンのはるか頭上を素振りする剣の達人・フック船長……などなど。


「これ、本当にディズニー公式???」とつい疑いたくなってしまうクオリティの低さに、観てるとどんどん緊張感が失われていく。
なんか、ピーターパンの著作権が切れた後にキャラクターの知名度にタダ乗りして話題性だけで小銭を稼ぐためのパチモン映画みたいだな。


ジュード・ロウは良かったけど、予算少ないなら俳優雇う金を他に回せよと思ったりもして。演技は悪くないのに、こんな映画に出てるとジュード・ロウまでダメに見えてくる。仕事選んで。



全体的に、「現代風」な改変が施されたシナリオも、首を捻らされるところが多い。

フック船長の意外な過去……ピーターパンとの因縁……とか、たしかに練り込めば面白くなりそうな気配はあるんだけど、全体的にもう一人の主役であるウェンディのストーリーラインとの絡みがまったくなくて。
例えば悪人だと思っていたフック船長が、実は悲しい歳の取り方をしてしまった「ネバーランドの犠牲者」だという事を知ったウェンディが、現実と空想の狭間で葛藤する……とか、そういうシークエンスが1分でも入ってれば良かったんだけど。


本作はところどころでそういうストーリーの分離が顕著で、物語としてまとまりがない。

基本的に「ピーターパン」は、ピーターとネバーランドという舞台設定をベースとしたウェンディの成長の物語であって、とくに本作ではことさら「大人になるなんてつまらない、ずっと子供で楽しく過ごしたい」という部分が強調されているけれど(それはそれでアニメ版とは若干キャラが変わっているんだけど)。

そんな夢を叶えてくれる童話の中の世界・ネバーランドにやってきたはいいものの、その素晴らしさを5秒も体感しないうちにいきなり大砲で殺されかけるし、それ以降はCGIに割く予算不足のために薄暗い洞窟のシーンがやたら長いせいで、「なんかぜんぜんネバーランド良くないやん👎👎👎」と突然ブチギレだしたりして、ピーターパンのストーリーの根底にある「ネバーランドは素敵なところだけど、それでも大人になることの素晴らしさを知って、自らの意思で現実に帰っていく」というウェンディの成長物語が、この時点で全否定されてしまう。
なんかむしろ異世界転生させられた主人公が元の世界に戻る方法を探す話みたいに見えるんだが。


ピーターパンに助けられる「お姫さま」的な存在ではなく、庇護を離れて自身のチカラで状況を打破するというのも、それはそれで今風で良いとは思うんだけど、ウェンディのその自立心のせいで全体的にピーターパンとの関係性がめちゃくちゃ薄くなってしまっていて。
少女の淡い恋心という、人の人生を豊かにするものであるはずの恋愛要素を取り払った結果、副産物としてティンカーベルがウェンディに嫉妬する描写もオミットされてしまい、それだけならまだしもティンクの活躍で危機一髪!のシーンも消滅。上映時間は増えてるはずなのに、原作より明らかにキャラクターの個性が薄味に。ロストボーイズの面々も概ね同様。
キャラクター感の繋がりが薄れたせいで、「ピーターパンとフック船長の因縁」「ウェンディの成長」という2つのストーリーラインに相互性がなくなり、2本のつまらない映画を同時進行で交互に観させられてるような感じだった。

いや、言いたいことはわかるんですけど。女は男の添え物という、古典的ストーリーをアップデートしたいという気持ちは痛いほど伝わるんですけどね。

女性のステロタイプ描写とは一体何なのか。
本作があからさまに引き算した部分に対して、減った分を補うエンパワメントは、本作には何もない。

ただふんわりと「こうすれば現代風やろ」と商業主義で変えただけならまだ救いはあるが、本気で女権拡張を称えたいがために絵画にペンキを撒くが如くピーターパンという完成された作品をぶち壊したのだとすると、怒りさえ込み上げてくる。
もし正義というものがあるとするなら、それは誰もが規範とすべき社会的な正しさであって、他者を攻撃することで押し付けるものではないです。正しき主張は正しい行いによって為されるべきだ。



そんな、思想に人間味を殺されたキャラクターたちにはなんの魅力も感じないが、ミラ・ジョボビッチの娘で有名なエヴァ・アンダーソンはわりと存在感があって良かった。
「ブラックウィドウ」にも出てたけど、若いのに演技もしっかりしててイギリス訛りも上手だし頑張ってるのに、代表作として「主演・ピーターパン&ウェンディ」としばらく言われ続けてしまうのはあまりにも気の毒。

ティンクもぜんぜん違和感はないしむしろ良かった。ただ前述のように重要な役回りをほぼ全部奪われていて、便利な粉を製造する機械としか扱われてないので、正直肌の色が青色でも緑色でも気づかない程度の存在感しかない。
あと上でも言ったけど、全ての登場シーンがグリーンバックの合成にしか見えなくて悲しい気持ちになる。

ピーターパンとネバーランドの住人はまぁ……。



あとこれは言っておきたいんですが、女性、人種、自閉症……と各方面に配慮しておいて、アメリカ人が1番向き合うべきインディアン要素をほぼなかったことにしたのはなぜなのか、そちらの方がよほど闇が深い。
後に同じディズニープラスで配信された「エコー」があれだけ原住民とその血を引くキャラクターを丁寧に丁重に描いたのに比べて、本作の何も考えて無さは本当にヤバい。

主義主張は立派なのに、やってることは見たくないものを隠して自分の正義を正当化するために他者を攻撃してるだけの人ってSNSとかにいっぱいいますよね。そんな感じの映画でした。
女性や有色人種、そのほか様々なマイノリティが活躍するのも、何の問題もない、当たり前のことだと僕は思います。それを観る前からポリコレがどうこう、と批判の対象にするのは完全なる間違いだと言い切れる。

でも残念ながら、それすら食いものにしようとする人が、世の中にはたくさんいる。正義ヅラで自己承認欲求を満たすために他人を道具のように扱う連中が山ほどいる。
本作への的外れな批判は大半がそう言った価値のないものだが、悲しいことに本作の制作に関わった連中の中にも少なからず同レベルの人間がおり、ピーターパンという多くの人が心の中に居場所を作って保管していた名作は、くだらない自己主張のために無理やりに取り出され、無神経に踏みつけにされ破壊されてしまった。
そういう意味で、本作を擁護する余地は一切ない。俳優に罪はないが、個人的にはなかったことにしたい。そんな感じです。
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