YohTabata田幡庸

ザ・ビートルズ:Get BackのYohTabata田幡庸のレビュー・感想・評価

ザ・ビートルズ:Get Back(2021年製作の映画)
5.0
69年1月2日から31日までのビートルズ4人と周りの人たちの記録。
観る前は7時間48分は流石に長いと思った。然し、ビートルズが何だったのか、解散しなければいけなかったのか、真に何が凄かったのか、を知るにはこの時間が必要だったと観た後なら言える。

4人のまとめ役だったブライアン・エプスタイン亡き後、そのショックと、先導がいなくなったビートルズの混乱、全員の方向性の違い、そしてオノ・ヨーコの存在。これがドキュメンタリー映画「Let It Be」以降のビートルズ解散のナラティヴだった。

然し、今回のピーター・ジャクソンが描き出した事実は随分と違う様に見える。
確かに、皆の感覚の擦り合わせや、スイッチが入るまでの時間はかかった。だが、それは寒さや機材と言う環境も大きかった様に見える。

このバンドが友達同士で始まったからこその、そのままビッグになったからこその、人間関係の歪みがそこにはあった。ジョージの蔑ろにされている不満は分かる。4人の中で年下な彼は、絶対的な才能のジョンとポールのサンドバッグになってしまう事が多いのだ。その結果、ジョージの一時的な脱退とソロの考慮が始まる。

一度纏まりかけても、ジョージはアルバムを制作したいが、ポールはショウの為のリハーサルとしか考えていない。

確かにギスギスもしていた。だが、この8時間弱に私たちが目にするのは、等身大の当時の彼等の制作風景だ。この膨大な時間を共にする事で、私たちは彼等の制作を体験するのだ。
そこには、涙を誘うあの名曲Don’t let me down とLet it beをコミカルにアレンジして演奏する4人、変顔でtwo of usを演奏するメンバー、合間にふざけたり踊ったりするメンバーの姿が映されている。曲のタイトルを文字ってふざけて「長く曲がりくねった箱」とか言っている。意味が分からない。なんだかんだ皆結構楽しそうなのだ。私も観ながら何度となく笑った。

そして4人はひたすらにリハとリテイクを続ける。昔の曲や他のアーティストの名曲を合間にやるのも印象的だ。

皆の雰囲気が淀んでいるのが状態化した頃、リトル・リチャードのピアニストをしていたビリー・プレストンが偶々現れる。その時の4人の笑顔や、曲がまとまっていく感じは本当に気持ち良い。そして何より、ビリー・プレストンが加わる事で醸される黒人ロックンロールが素晴らしい。彼は上手いし、何より音がお洒落なのだ。
だが音楽に限らず、共同制作で何かを作るとはこう言う事で、何も見えなくて踠いてる時間が本当に長い。驚いたのはビートルズもそうだったという事。

もうひとつ純粋に驚いたのは、ビートルズもハウリングで困るんだ、という事。

そして観ているこちらも辟易とする程練習に練習を重ねる5人。
I’ve gotta feeling
Get Back
Dig a Pony
Don’t Let Me Down
好きな曲だが、こんな風に出来上がった曲なのか。もう、今までの様には聞けない。

この後作られるアルバム「Abbey Road」の曲のいくつかがここでもうそのカタチを見せているのも興味深かった。そのうちの一曲は「Let It Be」収録の可能性もあったのだ。
Maxwell’s Silver Hammer
Octopus’s Garden
Oh! Darling
She Came In Through The Bathroom Window
Something
I Want You (She’s So Heavy)

その後の4人を知っているからこそ、ジョン・レノン「Jealous Guy」やジョージ・ハリスン「All Things Must Pass」がもうこの時点でカタチを見せている事に対する悔しさは大きい。これらの曲がビートルズの新作としてリリースされる世界線もあるのかと思ってしまった。

先述の今までのナラティヴでは説明できないビートルズの解散の理由のひとつとして、オノ・ヨーコ以外も、パティ・ハリスン、ジョージのインド人の友達、モーリン・スターキー、ヘザー・イーストマン、リンダ・イーストマンが何度となく顔を出す。
ヘザー・イーストマンの無邪気に踊ったり歌ったりする姿が兎に角可愛くて癒された。オノ・ヨーコが前衛的な歌を歌っているのを驚いて見ているヘザーも最高だった。

勿論、交流やリスペクトがあったのは歴史の1ページとして認識していたが、エリック・クラプトン、ストーンズ、エルヴィス、キング牧師等が彼らの口から言及されるのを改めて聞くとなんとも言えない不思議な感慨がある。

後に伝説として語り継がれるルーフトップコンサートは4人が楽しそうなのも去る事ながら、そこまでのスタジオのグダリとは一変した素晴らしい演奏になっていて感動した。矢張り一点集中型のコンサートで下積みを経験て来たビートルズだけの事はある。現にルーフトップでの演奏から音源になった物も多い。

コンサート中に警察が来てしまった事に興奮するポールが最高。ビートルズは最初から最後まで、大衆に賛否を呼び、支持され、公権力からは文字通り睨まれるロックンロール・バンドなのだと改めて思った。

最近はそうでもなくなって来たが、ビートルズと言う幻想、現象はしばしば「天才」の一言で片付けられる事が多い。勿論彼らは天才だと思う。だが本作には、それ以上に彼らのユーモアと、妥協しなさが最後まで詰め込まれていた。

最終日はBカメラ、ロール1150、スレート500、テイク1のコールで始まる。60時間のビデオと150時間の音源を全て観て、聴いて、修復してこの作品に仕上げたピーター・ジャクソンとクルーに感謝。 映像が美しいと言うか、今見ても大して気にならないくらい修復されていた。
だが、当時のクルーに対し、ドキュメンタリーであのズームを使う物だろうか、と何度となく思ってしまった。
YohTabata田幡庸

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