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言い知れぬ恐怖の町のukigumo09のレビュー・感想・評価

言い知れぬ恐怖の町(1964年製作の映画)
3.7
1964年のジャン=ピエール・モッキー監督作品。『今晩おひま?(1959)』で長編監督デビューしたのだが、利益配分をめぐってプロデューサーと意見の相違が生まれた経験から1960年に自身の制作会社バルザック・フィルムズを設立することになる。それ以降自分の好きな題材で映画を作ることができるようになり、スノッブな階級への風刺コメディ『Snobs !(1961)』や処女を失う5人の女性たちをオムニバス風に綴った『Les Vierges(1962)』など尖った内容のコメディを撮る。長編5作目となる『Un drôle de paroissien(1963)』は大人気コメディアンのブールヴィルが出演しており、没落貴族が教会の寄付箱からお金を盗んで家族を養うという挑発的な内容ながら、ブールヴィルの人気もあってフランス全土で230万人の動員をもたらしモッキー最大級のヒット作となる。これに続いてブールヴィル主演で作られたのが本作『言い知れぬ恐怖の町』である。

前作の大ヒットで資金も集めやすくなったこともあり、当時フランスではあまり人気の無かったファンタジーというジャンルにチャレンジする。モッキーは本作の原作者ジャン・レイに会いにベルギーまで行って映画化権を買っている。モッキーとジェラール・クラインが脚本化し、レイモン・クノーがセリフを書いているのだが、これによって不条理でシュールな犯罪コメディへと変貌を遂げていて、その捉えどころのなさが本作の魅力と言えるだろう。
パリのトリケ警部(ブールヴィル)は偽札製造者のベネディクタンという男を追ってオーヴェルニュの小さな村バルジュにやって来た。というのもベネディクタンの死刑の際、ギロチンが故障し、修理をしようとした職員の男の首を誤って刎ねてしまい、その混乱に乗じてベネディクタンは逃げてしまったのだ。村人誰もが知り合いで噂がすぐに広がってしまうような所なのでトリケは友人を探しに来たという事にして村に入り込み捜査を開始する。彼がトリケについて知っている事といえばせいぜい、酒飲みでハゲ頭、寒がりで南仏の伝統料理カスレが嫌いという薄い情報だけである。村人たちもよそ者に心を開こうとせず、なかなか捜査は進展しない。それどころか村ではバルジャスクという怪物が現れると信じられていて皆恐れている。村人は家から双眼鏡であらゆるものを覗き見しているフランキーや庭師のゴラッサン、神経質な肉屋にアル中の医師、内気な薬剤師や謎めいた市長のシャブリアンにその秘書リディナなど一癖も二癖もある連中ばかりだ。ひょんなことから身元がバレたトリケは彼らにバルジャスクの捜査を頼まれる。そして調査をしているうちに小さな町で殺人事件が起きるのだ。

伝統的な探偵小説のようなプロットが持ち込まれ、ジャンルの境界線やお約束が曖昧になっていく。濃い霧に包まれた夜にバルジャスクらしきものを追跡するシーンの幻想的な雰囲気は現実世界とは別のファンタジー世界そのものである。撮影監督のオイゲン・シュフタンの貢献も大きいのだが、この異世界的民間伝承犯罪ラブコメディは映画全体が大きな不条理ギャグのようになっており、初期モッキーを代表する作品である。
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