鮭茶漬さん

劇場版 きのう何食べた?の鮭茶漬さんのレビュー・感想・評価

劇場版 きのう何食べた?(2021年製作の映画)
4.0
アメリカで社会現象にまでなった「フレンズ」が映画化されなかった理由として、ジェニファー・アニストンはこう言った。「映画館で観るんじゃなくて、家のリビングで観るものよ。作品の意味がなくなっちゃうでしょ。オリジナルドラマの持つ性質に反することになると思うの」これと同じ感覚を、「きのう何食べた?」に感じていた。週末、ほっとひと息の付く金曜の深夜にソファーで寝そべって、ほのぼのした気持ちで眺め観る心地良さ。それこそ、「何食べ」の良さであるのだ。なんでもかんでも、映画化すればいいってもんじゃない。

と、言っていては元も子もないので、劇場版として評価するならば、テレビ版と変わらぬ温かい空気感にホッとするのは、確かにあった。映画だからと言って大袈裟にスケールアップもしない。日常を切り取ることに長けた原作やテレビ版の世界観を一切崩すことなく、肩の力を抜いて見れたのは正直に嬉しかった。
おなじみの無口なスーパーの店員も、シロさんを見るなりお買い得品を指さすのも、店内のBGMも、そのまんま。料理シーンもそのまんま。誰一人として欠けていないキャスト。ファンを大事にする姿勢が垣間見れて嬉しい。

「おっさんずラブ」以降、LGBTドラマが増えた気がする。この「何食べ」然り「チェリまほ」など。これがアメリカの場合、マイノリティ主張の激しい"差別反対"ドラマになり、少々ウザったさを覚えるのだが、これらのドラマの優れている点は、LGBTだろうと異性愛者だろうと、その描く恋愛の「普遍性」を描くことに逸脱しない点に徹していることだ。生活感溢れる描写は、シロさんやケンジがゲイである云々は関係なく、誰にでも当てはまること。

しかも、本作は、シロさんもケンジもキスシーンすら描かない。描かれるのは、仕事に励み、食事をし、人として当たり前の行為だけ。特に、「食」にスポットが当てられている設定こそ、この作品の秀でた部分で、この映画を観る多くの人が空腹感が煽られただろうように、人が生きていく上で最も欠かすことの出来ない「食事」という"営み"を描くことで、登場人物の性的嗜好が何だろうが関係なく「ヒト」を「ヒト」として当たり前のように描くのに最も真摯的であると言って良いのではないか。
美味しそうな、ぶり大根、厚揚げの味噌焼き、アクアパッツァ、味噌リンゴの甘煮を載せたトースターを前に、偏見もへったくれもないのだ。それこそ、深夜ドラマがここまで評価を受ける最大の理由でもあろう。

ただ、劇中で彼らが翻弄されていたのは婚姻という形式が無いことの不安であった。シロさんが、SixTONESの松村北斗演じる新人美容師とケンジが浮気してるかもと余計に心配になるのも、信用という不確かなゴールしか得られないことの不安だろう。その場限りで出て行っても何の責任も負わされない不安定なパートナー生活、心さえ寄り添っていれば成立すると考えれば、これほどの美談はないのだろうけど、当人からしてみれば不安はつきまとおう。ただ、婚姻が認められながらも、浮気だ離婚だ慰謝料だと歪み合う男女より、彼らの相手を思う気持ちの方が誠実に見えたりもするが。今もどっかにいる、シロさん、ケンジの二人のようなカップルを認める社会であることは決して悪いこととは思えない。

※当記事の著作権はROCKinNET.comに帰属し、一切の無断転載転用を禁じますので、予めご理解のほどよろしくお願いいたします。
鮭茶漬さん

鮭茶漬さん