幽斎

PIG ピッグの幽斎のレビュー・感想・評価

PIG ピッグ(2021年製作の映画)
4.4
相棒で最愛の豚を拉致されたオスカー俳優Nicolas Cageが、ブタの行方を追う孤独なトリュフハンターを静謐な筆致で描く、慟哭のリベンジ・スリラー。カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2022。アップリンク京都で鑑賞。

本業のTSUTAYAが絶不況で、海外のインディーズ作品の発掘に勤しむカルチュア・パブリッシャーズ。誠に結構だが本作のジャケ写とか予告編を見るとレビュー済「Mr.ノーバディ」、ジョンウィックの豚バージョンと勘違いしても観客に何の罪は無い。肝心の中身はロシア映画の様に哲学的、お前、大丈夫か?と言う位に暗い(笑)、だがソコがイイ。

Michael Sarnoski監督、アメリカで全く無名な存在だが本作が評価され、レビュー済「クワイエット・プレイス」シリーズ第3弾「A Quiet Place: Day One」監督に抜擢され既に制作中のハリウッド期待の新星。私も観るまで全く知らなかったが、鑑賞後に彼が2012年に制作した短編ホラー「That」を見ると、既に才能の片鱗は感じられた。本作は彼の原案、脚本、演出のインディーズ作品だが、メジャー・スタジオに見向きもされず、普通ならアマプラ謎映画でひっそり漂流して終わり、に成っても何の不思議も無い。だが、監督はどうしても本作を演じて欲しい役者が居た。

Nicolas Cage 59歳。私の父親世代だが。1995年「リービング・ラスベガス」アカデミー賞、ゴールデングローブ賞で主演男優賞を受賞した名優。父親に依れば彼は親日家の先駆けで、日本文化が好きでアメリカに寿司を広めた事でも知られ、パチンコのCMに出演した事も有る。Patricia ArquetteやLisa Marie Presleyと結婚歴が有るが、本当は日本人女性と結婚したいらしく、韓国系アメリカ人や日系タイ人を経て遂に!31歳年下の芝田璃子とラスベガスのウェスティンで結婚式。イタリア系でCoppolaファミリーと言うハリウッドの名門出身。全米フェラーリ協会名誉顧問、CMのフェラーリは彼の自前(笑)。
www.youtube.com/watch?v=08giinEiCQQ

監督は主人公Robを演じる事が出来るのは彼しか居ないと、ダメ元でエージェントを介して脚本を送った。Nicolas Cage(以下、ニコケイ)は彼の本を読んで作品のテーマ「主人公の愛と喪失の物語」感動して出演を快諾。最近は「マッシブ・タレント」セルフ・パロディ、日本ファンは変わらずも、私はセクハラ大王の園子温は大嫌い「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」作品に恵まれないが。レビュー済「カラー・アウト・オブ・スペース」の様にハマれば役者としての輝きは全く失われて無い。彼は人柄で作品が舞い込む事も多く、裏方スタッフのウケも良い。オスカーを受賞して勘違いして消えて逝く俳優が多い中、仕事の途切れない彼の姿勢は大いに傾聴に値する。

彼が主演を務める事が決まると共演は一気にグレードアップ。レビュー済「ヘレディタリー/継承」Alex Wolff。「セッションズ」名優Adam Arkinと申し分ない陣営。だが、製作費は全く足らず、クレジットで分る通り無名のプロデューサーが数多く名を連ねるが、ニコケイに意外な人物が助け舟を出す。皆さん良くご存じ「フォレスト・ガンプ/一期一会」アカデミー作品賞に導いたSteve Tisch。今は経営手腕を買われNFLニューヨーク・ジャイアンツの執行副社長を務める彼がバックに付く事で何とか乗り切った。

それでも予算不足でハリウッドで訓練された豚を使えずニコケイは何度も咬み付かれた。「撮影で何度も死に掛けたけど、今度は豚に咬まれて敗血症だよ」正に命懸けの撮影。更に撮影は3週間しか取れず全ての俳優は一発勝負で撮影に臨んだ。完成した作品はニコケイの伝手でインディペンデント系NEONに決まったが、試写を見た重役から「長い!そして暗い!」猛烈にダメ出しされ、監督に90分に収める様に厳命され、60分近くがカットされ92分に圧縮された。ソレがインディペンデント・スピリット新人脚本賞。ニコケイも放送映画批評家協会主演男優賞ノミネート。辛口の批評家から絶賛され全米僅か550館の小規模公開でも、北米興行ランキング初登場10位の快挙を成し遂げた。アメリカのファンサイトに依れば本作は長編映画100本目と成る節目の作品。ニコケイも「後世に残したい一本」自信を深めてる。私も全くその通りだと思うし、本作がメジャー・スタジオならアカデミー候補には成れただろう。

原題「PIG」全て大文字の意味が解る方には説明不要だが、Porkじゃ無いのと言われそうだが、ソレ食肉用の豚だから(笑)。アメリカ英語で薄汚い人、警察官の隠語で使う、日本で言うポリ公ですね。作品のコンセンサスをタイトルで明確に表すが、京都のラグジュアリー・ホテルで働く友人に依れば、「トリュフハンター」と言えば英国のコッツウォルズで、最高級トリュフを製造するメーカー。豚を使って探す事を生業とする方は居るらしいが、今はブタでは無く訓練し易い犬を使う事が多いそうです。

盗まれた豚を探す、シンプルなプロットですが、秀逸なのは「豚を盗んだ犯人は誰か?」と言うミステリーにせず、豚と暮らす「ニコケイはどんな人物なのか?」。レトリックの摩り替えが巧妙で、全てはニコケイの心情に寄り添うように語られる。チャプターを3つに区切る事で、観客にも短時間でニコケイのバックグラウンドが分かる親切設計。最初に人里離れた山奥で暮らす姿を見せる事で、外部とのコミュニケーションを絶つ立ち位置を明確にして、寡黙なニコケイの謎を深める効果を誘う。

次にブタが盗まれるが、彼の事を知らぬ者は街に居ないと言う、Liam Neeson並みの存在感を示す事で、最初のプロットを見事に覆す。肉屋が昔も今も裏社会と繋がる(ファイターズを怒らせた札幌市、ご愁傷様)。此の辺りでジョンウィックが漂うが、秀逸なのは格闘で無く、私の様な頭脳戦が得意。「人を饗す」ホスピタリティ、アクションと180度違う角度で描かれる。頭の良い人には2つのタイプが有る。1つは数学が得意で記憶力に長けた人。もう1つは洞察力、推理力で相手を見抜く人。貴方はどのタイプ?(綾瀬はるか風(笑)。

最終ラウンドで黒幕と対峙する。カンの悪い方でも容易に見抜けるので、論点はソコでは無く、捜したブタの顛末はご覧頂くとして、本作は心を閉ざした男の再生の物語で、自分の過去を街の人々と会う事で見つめ直し、再び向き合う事で人間関係のリビルドを描いた普遍的なテーマも見え隠れする。リベンジ・スリラーとは単に他人に復讐する事が全てでは無いと言う意味も有る。観客はニコケイの人生を追体験する事で、人としての成長。つまり「私も気の持ちようで変われるんだ」と感じた方が一人でも居れば、監督とニコケイの努力は報われる。

ニコケイは仮に本作が失敗しても次が有る。次回作「Renfield」ドラキュラ伯爵のコメディだし「Sympathy for the Devil」クライムスリラーなので私も期待してるが、監督の場合は本作が鳴かず飛ばずならハリウッドから一発退場、莫大な借金を背負う。彼が映画人生を掛けた大一番はニコケイに理解され結実し次は大作まで任された。監督の思惑通り寡黙なハンターはニコケイの台詞の無い、存在感を背中の表情だけで表した。黙って料理を作る(最重要な伏線)、ソレだけで世捨て人の風格が、スクリーンから漂う様にも感じられた。「お前の夢はどうなった?」彼の凄みの有る演技力は此処に集約された。見る私達も静かに、心穏やかにニコケイの演技を正座する気持ちで見届けたい。

「俺達のニコケイが帰って来た!」Nicolas Cageの傑作映画は決まったと私は確信した。
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