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穴の牙のnetfilmsのレビュー・感想・評価

穴の牙(1979年製作の映画)
4.3
 酒場でムラムラした男(原田芳雄)は小声で囁きながら、カウンター越しに女(稲川順子)をホテルにチェックインしようとあれこれ言葉を尽くしながら大きな手で体を撫で回す。女の方もムーニーマンで、いつでも着脱可能な服を纏い、いやよいやいや言いながら満更でもない素振りを見せた直後に凶行は訪れる。ハメようとしてハメられてしまった男の身体は次の瞬間、刑事(藤田まこと)の凶弾に遭い、数メーター後ろのステンドグラスの窓を貫通して倒れる。至近距離からの刑事の銃弾はこめかみを貫通し、3周回って同じ穴から吐き出される。いやいやいや、これはセイでしょと。脳を3周回った銃弾のロシアン・ルーレットのような所さんのダーツの旅は、この世に未練を残した男の足掻きの旅とも執念でベットした怨念の旅ともなり得るのだ。刑事は刑事でひたすら疲れ切っている。疲れ切った状態で急所を狙う。その目論みは完遂したかに見えてかえって地獄に向かうはずの男の逆襲に遭うのだ。とにかくミイラだ幽霊だのが幅を利かすのが鈴木清順の清順たる所以だ。事件は解決するかに見えて少しも解決していない。むしろ傷口は拡がっているように感じられる。

 刑事は事件を解決した要領で、次の事件を追う。農協のようなコミュニティでの着服事件だが、前の事件の痕跡がべっとりとへばり付き拭うことが出来ない。この時点で刑事は霧の中を何とか進もうとする状態だ。退院前のメンヘラ女をわざわざ迎えに行った後(ここも横移動からの後退だ)、女のAtoZを親身になって聞いてやり、地獄に突き落とした男の身代わりに寒い夜に女を抱く。そこには媒介者として罠に陥る刑事の虚無が感じられるのだ。横移動のバーカウンターはスタンダード・サイズのフレーミングの中でやたらしゃしゃり出て来るし、女の住宅とスナックとは襖一枚挟んだ空間にも感じられる。その部屋は底冷えするほど殺風景で、カラー・マッチングも色々とおかしい。タクシーでモノクロ結合写真の挟まったビニ本を無理矢理持たされたかと思えばバスの中では強烈な便意で公園の円形座席の通路を足早に駆ける藤田まことの俯瞰ショットがあまりにもクールで、次の瞬間、欲情したバーのママがすっ転んだ眼球にカウンターの包丁が突き刺さる場面の心底とち狂った演出にすっかり参ってしまう。長方形のある物体が上からぬーっと顔を出すスロー・モーションにてめぇの墓に糞ぶっかけてやるという原田芳雄の狂った復讐を思い浮かべる。誰かにわかってもらおうともしていないし、誰にもわかるはずもない心底とち狂った『悲愁物語』と代表作『ツィゴイネルワイゼン』の間に挟まれた何とも言いようもない心底とち狂った傑作で、何度観てもフレッシュな魅力に打ちのめされる。
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