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サンダーロードのsuguruのレビュー・感想・評価

サンダーロード(2018年製作の映画)
5.0
【二年ぶりの再観】
サンダーロード(2018)
監督・脚本・音楽・主演 ジム・カミングス

【備忘的あらすじ】
警察官のジムは自閉症らしく。最愛の母を亡くして葬儀のスピーチで空回りしてしまう。
うまく表現できずにとった行動は、母の大好きだったブルース・スプリングスティーンの曲に合わせて踊ることだったが、ラジカセの故障から即興ダンスとなり参列者は困惑。
別居の妻との離婚調停中で、大切な娘ともぎこちない…。
それでもジムは、不器用ながらも懸命に生きる。


【感想】
一見コメディっぽい雰囲気を醸すハートウォーミングドラマの体でシリアスな内容の不思議な作品でした。
カテゴリーは『大人の成長記録』
母の死をきっかけに親を知り子を思う親となっていく誰にでも訪れるであろう成長譚 。


主人公のジムは、人柄を箇条すれば『失読症で表現がうまく伝えられず、癇癪持ちの警察官』として、アスペルガー症候群のように描かれています。
口癖は父親譲りの『ワニにでも勝てる』。そうして冷蔵庫とベストファイトを繰り広げるジム。
精神病というよりは社会病質の病で、変わった人という印象を与える以外は至って普通の暮らしぶりであるため、周りからはその本質を理解され難い。
それ故に、真面目で公務職があって家庭を持ちながらも、事が上手くいかずに壁にぶつかると対処ができずに感情を乱してトラブルを起こしてしまいがちで、結果的に生活へ支障をきたしてしまう。
悪い人ではないことを知る周囲も、親友と言っていいのかご近所と言ってやるべきか、本心では憎めないでいるのでジレンマを抱えます。
病識として認知できれば対処や理解もあるのでしょうが、他人に構う暇もない社会でこれらのタイプはトラブルメーカーとして排除されてしまうこと必須。
そんな一人の男を描いた作品。序盤10分で概ね理解できるように丁寧に出来ています。

親の環境で子供への影響を及ぼすパターンの子供が登場してきますが、やはり片親よりは両親あっての子育てなのか?批判を繰り返すパートナーとでも共に育てながら親自身も成長していくのが理想なのでしょうか。ひと昔の日本ではなかなか見られない環境ですが、国際的には現代社会の子育て環境や親の就労スタイルを含む離婚問題なども視野に入れているようです。
ポリコレなの?


本作中には素敵ないい場面が幾つもあります。
朝、壁に手形のシールが貼られ、その前に椅子があることで娘の相手をするために『手遊び』を一晩中練習したんだなと、そのカット自体はなくて風景描写で想像させてくれる。

自分の駄目な部分が遺伝したのでは?!と冷静を失い机を持ち上げ憤怒するジムに対して、そっと画面の隅で机に出てたハサミをしまう娘の担任教員。 いつもギリギリで優しさに救われるジムだが、症状の重篤度で彼自身もけっこう末期の状態だと感じる。

そして、ヒートアップして我を失い拳銃を取り出していることに周囲の反応でやっとソレが命に関わる危険だと気づかされる、 親友の相棒警官との口論の場面。

この相棒の警察官ネイトが物語の唯一の救いで、個人的にも癒やされます。
ああいうのが親友というのでしょうか。一歩間違えれば自分の正義や常識を押し付けてしまいそうになる場面。『おせっかい』の功罪が問われる重要なプロットです。
ジムに罵倒されて疎遠になりながらも彼の家を訪ねて妻に迎えを頼み(飲酒予定の為?)、孤独になったジムと酒を飲むシーンは、ネイトが一瞬嗚咽を漏らして動揺する演技が非常に印象的で、作中一番込み上げてくるものがあります。
唯一理解できるのは、自分へ置き換えて考えることのできる人だけなんだと強く感じさせます。

通しての秀逸は、このジムが職場の警察署でひたすら悪態を喚き散らしてその場で退職に追い込まれる騒動の中、画面の真ん中で独りおろおろと怯えながら泣き怒りの複雑な気持ちを絞るように声にして慟哭するシーン。
『話を聞いたぐらいで誰も救われない!』
3週間もの間を車で過ごした時の辛さをぶちまけると、画面の外から同僚が「その時朝食を持ってきた」と声をかけるがそれに関してはちゃんと感謝しておいて、ただ今はクソだと吐き捨てる。
なんていじらしく愛おしい人なんだろうか。

そして終盤、過剰摂取で死んだ元妻の家に娘を迎えに行くシーンは、かなりショッキングでアメリカの抱える孤独と麻薬の問題を窺わせる展開となっていて、この物語の基点でした。



おそらく、ジムは今まで上手くやってきた。
きっとジムの母親は全てを知って彼を完全に受け入れていた。
そして妹やもう一人の男兄弟よりも少し深く愛する必要があった。
教科書を読んでテープに吹き込み耳から学問を学ばせ、大学を卒業させるほどに。
その母親の死で彼はギリギリのバランスを崩してしまった。葬儀で想定外に壊れたラジカセがメタファーで。
母親との別れ方をしくじった彼は指し示す道標を失うことで混乱の淵で戸惑い、怖れ、怒り、苦しんだ。
これらの痛みを通じて家族の苦しみを自分のことのように痛感できる慈愛に溢れるジム。


「奴らは知らない!」と叫び続け騒音で通報される浮浪者と失職したジム。
仕事で家に帰らない父親への反抗心から、真夜中の駐車場で3Pしている女子高生と娘のクリスタル。
ナイフで自殺する犯人 と妻ロザリンド。
それぞれが自身の不安や未来の閉鎖間とを重ねてしまったジムは生きづらさを加速的に募らさせていきます。

オーバードーズによりソファで絶命した妻の頬を激しく平手で打ち付けるジム。
彼女には、どんな状況下でも否定せずに思いやりの距離を保って接してきたのに、その無責任な命の断ち方がジムの中にあった《あるべき理想の母親像》を完全に崩壊させた音がパンっと響く。
この瞬間にジムは母親の呪縛から解き放たれた。
「絶対に許さない」と母を咎めることが出来た。死を受け入れられた。きっとお別れができた。
葬儀で女性が言った『哀悼の表し方はいろいろある』 はそれなのだ。

ラストシーンは「希望」にしては少し陳腐だが、細やかでこれもまたいい。
あの深夜に救い出し、更生するつもりはあると言ってくれた女子高生をバレエの舞台に見つける。
大好きな娘が母の大好きだったバレエを身を乗り出してキラキラした目で釘付けになっているのを隣り見て、もがき悩み憤っていた日々が嘘のようにジムの顔に笑顔が溢れる。安心安心。
やっと、娘の未来に希望の光を見出したところで終わる。
ちなみに、ジムが母親の葬儀で流そうとしていたブルース・スプリングスティーンの『涙のサンダー・ロード』の歌詞は新天地に歩みだすって内容らしい。

とても好きな作品でなかなか纏まらず
結果長くなってしまった。。。
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