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ジオラマボーイ・パノラマガールのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.0
 何の変哲もない郊外の住宅街、これまでの人生で恐らく一番大きな決断をたった今して来た男(BOY)と女(GIRL)は突然出会ってしまう。それは不意に落ちた雷のようとも、出会い頭の事故のようなものとも言える。物語は典型的な「ボーイ・ミーツ・ガール」の形式を踏襲する。父親に先立たれ、入院中の母を心配しながら姉と暮らす神奈川ケンイチ(鈴木仁)は、橋の真ん中で卒倒したところを、違う高校の女の子・渋谷ハルコ(山田杏奈)によって引き起こされる。コンピニのビニール袋、彼女が差し入れた手からは、週刊少年ジャンプとコアラのマーチが無造作に少年に差し出される。少女は1ℓパックの牛乳を半分くらい飲み干したあと、幸せに満ちた笑みを浮かべる。

 男(BOY)と女(GIRL)の出会いは、神奈川と渋谷の出会いでもあり、欠損だらけの家族と絵に描いたような中流階級家族との出会いでもある。岡崎京子の原作では神奈川と津田沼だった名字という名の「記号論」は再開発真っ只中の日本の中枢へと生まれ変わる。それは団塊の世代以降の80年代的団地の原風景から、より貧富の差が色濃く表れたタワーマンションへの色鮮やかな変貌とも受け取れる。大瀧詠一の『A LONG VACATION』や『EACH TIME』を壁に飾り、クラスの親友カエデ(滝澤エリカ)にオザケンのレコードを借りる少女の手に握られた袋は、黄色と赤色を基調としたTOWER RECORDS製である(当時はHMV製よりも、中が透けるTOWER RECORDS製の方が電車の中で覗き見る感覚を味わえたのだが、あのレコード売り場の小ささではたかが知れていた)。都市の人工的な風景は男(BOY)と女(GIRL)を優しく包み込むどころか、少年少女の道行きをただただ空虚に見つめる。

 スケボーで歩を進めた神奈川を、橋の手すりから茫漠たる表情で見つめた渋谷の眼差しに、私はうっかり涙が出そうになった。それゆえに瀬田監督のラスト15分の奇跡のような閃きに心底ねじ伏せられた。少年の手引きは常に横移動であるのに対し、少女の無垢な祈りの感情は軽さを伴い、常に上へ上へと上昇していく。再開発された街の息吹も、少女の軽さと同じく空へ空へと鋭く突き進む。それは駅まで送ってもらった帰り際の階段、大人の世界に飛び込んだ初めてのクラブ活動、スペイン坂を駆け上がって見上げたPARCOのロゴ、地下にありそうな秘密基地が、エレベーターで昇った場所にあったことにも陽を見るより明らかだろう。ひたすらUP&DOWNを繰り返した少女の道行きは、下から突き刺した風船の破裂を抱きしめる男によって浄化される。それゆえにラストの横移動のカタルシスには、『ROMA/ローマ』と比肩する感動を味わった。男(BOY)と女(GIRL)を丸呑みしそうな都市の風景に2人は徹底して抗う。年端も行かない少年少女の道行きに全てを託した瀬田監督の眼差しに、スクリーンの前で思わず拳を握る。
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