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Dillinger è morto(原題)のmingoのレビュー・感想・評価

Dillinger è morto(原題)(1969年製作の映画)
4.4
座席が半分になり例年より争奪戦な白紙委任状、超目玉の本作デリンジャーが死んだ、「ピコリが最高!」に尽きるんだけど周りの人が言うほどわけわかんなくなかった…古今東西の映画探してもこんな映画は出てこない圧倒的大傑作。こんな映画が存在していいんだ?!的な発見。映画館で観れて心底良かった。部屋におけるそれぞれの3人が持つキャラクターも場所と連動、むしろわかりやすいほどの音楽と展開の演出。アメリカンニューシネマの影響下にありながら社会背景にあるフランス革命における心情みたいなんもヒシヒシと。料理油で拳銃の錆を取ろうとするピコリ、プロジェクターから壁に映された8mm映像に対して幼稚な再現を試みる夜遊びピコリ、テープレコーダーで妻のイビキを録音するピコリ、拳銃を水玉の紅白に塗り替えるピコリ、メイドと関係を持とうとベッドに潜り込むピコリ、すべてのシーンのピコリの1人遊びが静かな夜を彩っていく…これこれこれこんな映画が観たかった!!最高!!


中原昌也×遠山純生トーク
(中原昌也めちゃくちゃ咳き込んでたためオンライン)

イタリア映画に詳しい遠山さん。
マルコフェラーリ1928年ミラノ生まれ、獣医学部で獣医の勉強あんまり動物好きじゃなくやめて色々やって最終的に映画作りに。スペインのマドリードで小説家アスコナと出会う、58年「小さなアパート」を撮る。貧しいカップルが自分たちの家を欲しい、病気で死にそうなおばあさんと結婚して遺産としてゲットしようとしたが結婚したらメキメキ元気になってしまうというブラックコメディ。スペインでスペイン人脚本家と作品を撮る異色の経歴。アスコナがブラックコメディが得意。イタリアに戻ってからのフェラーリはブラックさは薄まる。デリンジャーは死んだ込みで11本撮っている。アスコナとずっと組んでて大半は一緒に撮っている。68年5-7月の撮影、フランス革命のすぐ後のため時代が産んだ映画である。冒頭で論文を読み上げるシーンでは現代人は個性が剥奪されてて工業製品なしで人間は生活できないと言及。これまであった階級を平等化してしまって、消費至上主義でコントロールして、権力批判まで消え失せて一元化しまっている。労働者階級にとってのチャンス。ピコリは社会の犠牲者として演じている。フェラーリの海に対して「海は生きる糧、我々にとっての母」と言及。パゾリーニ「豚小屋」に出演。ガスマスクは人間を確立してしまうものだし戦争の象徴、背景に戦争。もうデザインしたくないんだは男であることから社会的にも生物学的にも嫌になってもうおりたいという意味にも取れる。音楽で「赤い空」が流れるがラストも赤い空に出てくる演出。スティービーワンダーの彷徨って旅する曲とかすべての楽曲が映画の内容と連動している。商業映画でこれはビックリする…
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