nere795

太陽がいっぱいのnere795のレビュー・感想・評価

太陽がいっぱい(1960年製作の映画)
3.3
邦題について
まあ誤訳っちゃあ誤訳なんだが、そんなに目くじら立てるほどではないっていう話をします

原題の、plein soleil を英語で訳すと、full sun ってなるのですが、
これって眩しすぎる太陽みたいな意味 
plein monde / full moon なら満月だけど、太陽は日食以外は満ち欠けしないから、要するに、真夏の照り付ける太陽っていうこと
でアランドロンが演じる上昇志向の男が、つぶやくせりふに、
この「太陽は眩しすぎるが、まあ気分は悪くないね」というのがあって、
それは、結末の悪事暴露を暗示しているということ

邦題が「太陽が眩しい」とか「明るい太陽」とかだったら、映画として
訴求力があっただろうか
「〇〇がいっぱい」ってのは、〇〇が多数そこにあることを連想させるが、太陽は一つしかない、その違和感が、むしろ映画への興味を引き起こす、と
考えたのかもしれない
なお、日本語wikiは、「お天道様は見ている」の意だとしているが、確認できない 日本人的な太陽信仰が、ヨーロッパ人にあるとはにわかには信じられないが、なお確認する必要があるかもしれない(ない、という証明は一般的に困難だが、wikiが原典を示さないから仕方ない)

サインをまねるために、縮尺機を使うシーンとかは印象に残っている
煙草を咥えたシーンとかは、おそらく当時の若者は皆まねたんだろうな

本作と同年に公開された「若者のすべて」でも、アランドロンは、主演として周囲との軋轢から思うままにならないイタリアでの若者の姿を演じているが、
本作では、さらに上層階級との対比の中で、フランスの歪が描かれているが、両作品を比較すると、やはり当時の両国の国力の差も感じざるを得ない

いうまでもなく、音楽と映像がこれほどマッチしている作品もないだろう
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