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リフ・ラフの3kiのレビュー・感想・評価

リフ・ラフ(1991年製作の映画)
3.8
『わたしは、ダニエル・ブレイク』公開記念!

今まで触れて来なかったケン・ローチ監督作を観てみる!~2~


・この映画はTSUTAYAとかでDVDレンタルされてませんが、Amazonの動画配信で約300円で観ることできるので、比較的に観やすいかも。

・イギリス社会の労働階級の人たちが、日雇いの建築業務で生活しながら、様々な困難にぶち当たっていくという、超ケン・ローチ監督っぽい映画。Wikipediaのケン・ローチ監督のページに、「一貫して労働者階級に焦点を当てた作品を製作し続け、政治活動に熱心なことでも知られる」とあって、だとしたらまさにこの映画がケン・ローチの作風そのものだと言ってもいいと思う。まあ、ケンローチ監督作品はまだ2つしか観てないけど。

・とはいえ『麦の穂を揺らす風』が超シリアスな戦争映画に対して、この映画はユーモア有りの日常映画なので、重さとしてはまだ軽い方ではあるかな……いや、それは嘘ですね、他の映画に比べたら抜群に重いな。後半は特に。

・でもやっぱり、全体的にわりとユーモア溢れる人情劇にちゃんとなってるから良いですよね。あのモデルルームの風呂場シーンとか完全にギャグだし、アフリカに行きたがる黒人の青年とか、顔そのものがギャグギャグしいじゃないですか。ケンローチ作品としてはユーモアに富んだ観やすい映画だと思いますよ、まだケンローチ作品は2つしか観てないですが。

・とにかく主人公のスティーブの同僚が快男児どもばかりで、見てて気持ちが良いですね。スティーブが住む家が無いからといって、無償で不法占拠のビルの一室を改造してくれるとか、なんて人情味が溢れるやつらなんだと。「金なんかいらんよ」と爽やかに言い放つオヤジが超かっこいい。

・僕が個人的に弱い「困難な現状に打ち勝つためのユーモア」と「自分の身を顧みない利他的な行動」の二大要素がちゃんと入ってるのが本当に素敵(だから僕は『オデッセイ』という映画が死ぬほど好き)。

・そんなスティーブには、物語の序盤でスーザンという歌手志望の彼女ができるわけですが、このスーザンがマジかわいいんですよね。歌が下手なくせに歌手を夢見て、コンサートで赤っ恥をかきながらトイレに逃げ込むとか、可哀想&可愛いが混ざってとても愛しい存在になってる。そのコンサートでスティーブの同僚であるラリーというデブ眼鏡が、「彼女の気持ちもわかってやれ」というとても感動的なスピーチをして、彼女は再び舞台に立つ、というくだりが超好きです。そこで歌う曲の歌詞の「友達の助けがあれば上手くいく♪」が凄まじく身に染みる。僕が映画を観る理由の源が、まさにここに詰まってる。

・スティーブとスーザンが深夜のバスで別れる際、スティーブが「おやすみを言いたくないよ」と言うと、スーザンが「ダメよ、おはようを言いたくなっちゃうから」って返すのがものすごくロマンチック。まあ、二人はその夜ヤっちゃうんですけど。

・スティーブの誕生日にスーザンがサプライズでケーキを用意してあげるんですけど、貧乏だから生クリーム0のスポンジだけケーキにろうそく立てたやつだけ、ってのが泣かせますね。しかもスティーブは「誕生日を祝われたのなんて初めて……」と嬉し泣きしちゃうんですよ、スポンジだけのケーキで。もう普通に素敵なシーン。

・スティーブ役を若い頃のロバート・カーライルが演じてて、一応労働階級者っぽい汚ならしい格好はしてるんだけども、ちょっと顔面がかっこよすぎないかな? 途中、母の葬式でスーツなんか着ちゃってて、これがあまりにもかっこいいですよね。

・この母親の葬式の、遺灰を巡る騒動が、けっこう悲しいコメディ展開ですよね。そもそもお金ないから骨壺はプラスチックだし、私有地とかないから遺灰も公園みたいなとこで撒いちゃうんですよね。しかも風に吹かれて遺灰が散っちゃって、本気のグダグダ展開になるという、段々とユーモアがブラック化していく。

・スティーブが母の葬式から家に帰りつくと、スーザンは……ってところから滑り落ちていくような暗鬱な展開が始まります。前述の超カッコいいおじさんは理不尽な理由で警察に連れてかれ、デブ眼鏡のラリーは上司に労働の安全基準を訴えただけでクビになり、アフリカに行きたがってた黒人の青年はビルから転落して重症を負う。

・道徳や主張が通用しない世界ですね、いつ命を落とすかわからないし、そもそも労働階級者の彼らもモラルが低いという描かれ方をされてるわけです。ケン・ローチ監督はどちらか一方を悪いというわけではなく、片方が悪いと片方まで悪くなりさらに……っていう悪循環を描いてる。この悪循環、どうすりゃよかったの?って部分を観客に委ねてるわけですね。

・ここら辺、実は前半から伏線が効いてて、本名を名乗ると税金がかかるとか、仲間の1人が床を踏み外して転落しかけるとか、悪い予兆が散りばめられてるわけですよ。いつこうなってもおかしくないぞと。特に名前に関するやりきれなさは半端ないですね、病院の面会すらできない。

・そして建築中の家が派手に燃え盛ってエンドロール、なんですが、そもそも映画的に“家を建てる”という行為は、国家レベルの巨大なメタファーとして見ることができるわけですよ。クリント・イーストウッドの『許されざる者』でもありましたが。だから途中に出てくる食堂の地下に巣くうネズミは労働階級者たちで、あの建物をイギリスそのものとするなら、ラストに燃え盛る家から沸いて逃げるネズミたちが、どれだけの象徴的な意味を持ってるのかってことですね。まあメタファーとしては分かりやすすぎる感じもしますが。

・とはいえ『麦の穂を揺らす風』よりはだいぶ明るい映画です。スティーブのこれからの人生は決して明るくはないけど。でもほっこりするシーンもたくさんあるし、むっちゃケン・ローチっぽい映画なので、いちばん最初に観るならこの映画がよかったかも。
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