露木薫

メルテム 夏の嵐の露木薫のレビュー・感想・評価

メルテム 夏の嵐(2019年製作の映画)
4.0
EU Film days 2020 ギリシャの監督からの出品。今年は青山シアターで6/25まで配信。

青山シアター公式サイトのバジル・ドガニス監督のメッセージ動画をご覧になってから鑑賞すると良いかもしれません。
https://aoyama-theater.jp/pg/4302

〈概要感想〉
国籍や母語や宗教や出身地域など背景の異なる若者たちがレスボス島で過ごしたひと夏。
観るとき、難民問題や親子関係など、観る人それぞれの立場に立つことになると思いますが、抑えた実直な彼らの演技から、自分の知らなかった立場の人の経緯や気持ちを考えることになる...そんな映画だと思いました。


〈序盤のあらすじ〉
メルテムはフランスの調理師学校で共に学んだ友だち2人を連れて故郷ギリシャを訪れる。故郷の家族へは複雑な気持ちを抱えていて、素直に振る舞えない。友達同士楽しく島のバカンスを満喫しながら今後の事業についても話し合う中で、ある日、同じくらいの年頃の孤独でミステリアスな雰囲気を纏う若者エリアスに出会う。


★以下少しネタバレあり(内容に言及しています)

〈鑑賞メモ〉
初めて聞くキーワードが多く、地図とノートを広げて地名や単語などのメモを取りながら観ました。
ギリシャ語、フランス語、アラビア語など(ほんの少し日本語も登場)、数ヵ国語を操る若者たち。望むと望まざるとに関わらず幾つもの文化圏に身を浸しながら生きるということについて、まだ思考を巡らせています。

〈個人的感想〉
1. 登場人物たちについて
 外見からヨーロッパでのマイノリティとして扱われることがあっても、普段は明るく振る舞うセクとナシム。おちゃらける時もあるけれど、たぶん結構彼らは考え(一般常識とか将来のヴィジョンとか)が大人なのではないかと思います。
 全然比較にはならないし不遜だと思われるかもしれませんが...観賞後2日ほど経ち、私は帰国子女として日本の学校や社会に馴染もうとしていた時のことを思い出しました。協調性に疑問を抱かれたり、日本の学生より不勤勉なのではとの先入観を持たれてチャンスの扉がなかなか開かなかったり...問題なく受け入れてもらう為に、周囲から余計な難癖をつけられぬよう、マイノリティは却ってマジョリティよりも努めて一般常識や技能を身につけようとすることは少なくないのではないでしょうか。

 シリアを逃れてアテネでの新たな暮らしを求めた矢先に母と引き離されてしまい、母と生きる道を探そうと必死なエリアス。彼の立場に立とうと思っても、その悩み苦しみは想像もつかないものだろうけれど、それでも「難民問題」という社会問題や時事ニュースとして受け取る時よりも、一人の難民の置かれた孤独や心許なさや寄る辺なさや将来への不安などが伝わって来て、安全な立場にいる者として考え込んでしまいました。

 漂着難民の遺体の遺伝子分析等を職務とし遺族が安心できるよう努めているが、プライベートでは難民を助けたと当局に思われることを恐れる、高学歴で思慮深く温厚な義父の逡巡。子どもっぽいとも言えるし、純粋とも言える、メルテムの眼差しと行動。でも、自身のルーツや親子関係に葛藤しながらも友だち思いな彼女が友だちや大人たちに愛される魅力が、私にも伝わって来ました。
 島で出会った裕福で親切な外国人観光客エドワードの彼女を諌めたときの言葉は、私の胸にも突き刺さりました。自分の浅慮な善意を貫くため周りを巻き込み行動しておきながら、自分のちっぽけな罪悪感に浸ること、その幼稚さ...。エリアスへの気持ちも嘘ではなかったと思うけれど、エリアスの抱えていた本当の切迫感は彼しかわからないものだったし、外見からフランス人に見えないナシムにとって身分証が如何に大切かがメルテムには本当にはわかっていなかったこと...。
 どんな大人だって完璧ではないけれど、色々な経験を自分で積みながら、いつか若者たちを守れる大人になりたい、と私は思いました。
 難民問題について考え続けて行くことは、日本にいると普段はなかなか出会わないので難しいと感じます。日常の自分の周辺のことで思考が埋まってしまって、高校まで行かせて貰ったのにも関わらず、世界について無関心でいてしまいます。それでも、ニュースを見たり、報道記事や本を読んだりすることで、安全を享受できている立場の有り難さに無頓着でいないように、今より少しでも頑張ろうと思います。

2. 家族と家について
 親子関係や先祖代々の土地の扱い方などについては、どんな国や地域の出身でも共感しながら新たな視点を得られる描写だったのではないかと思います。
 フランスから故郷の古い家に帰って来ると、最初は義父の暮らすそこに違和感を覚え早く売り払って事業に役立てたいと思っていたメルテムですが、戸棚や引き出しを開けたり、母のドレスやアクセサリーを身に着けたりレコードをかけたり、そうする度に、自分とルーツの深淵な繋がりが感じられたり、個人的な思い出などが蘇ったりして来たのでしょう。
 古い家やその中の物というのは、そこに歴史や人の思いが染み込み、詰まっていて、縁のある人にとっては、苦しさも楽しさも嬉しさも悲しさも懐かしさも思い起こさせる、一人一人の玉手箱のようなものなのかもしれません。だから、断捨離やミニマリストが流行る昨今でも、よく考えもせずに家族とはいえ他者の物を捨てたりするのは、ある人にとっては過去を捨てられてしまうように痛切に感じる行いなのかもしれません。
 私も、メルテムと義父と家との関わりを観ていて、自分の家族の家や思い出の品のことを考え、もう一度大切に向き合ってみようかなと思いました。

3. 音楽について
 派手なBGMやテーマとなる曲を用いない、演技と情景と編集技法に委ねた表現が、個人的に好みでした。静かに映画を見つめて受け取り考えていると、要所で用いられる音楽が効果的に響いて来ますし、音楽という人間の生み出した文化そのものの成り立ちについても考えさせられました。(もちろん、音楽は人間だけが生み出すものではないのでしょうけれど)
 夜の浜辺で火を囲んでいる時エリアスが口ずさみ始めたたぶん彼の故郷のものと思しきライムに、「音楽オタク」とセクから揶揄されたナシムがボイスパーカッションをのせて行き、そこに合わせてセクが踊り始める場面。異なる出自の音とリズムが1つになって、エリアスを快く思っていなかったナシムが彼と握手し抱擁する。私も音楽を聴くのも演奏するのも好きで、特に演奏していると本当に様々なことが心や体に蘇ったりするので、ときに国や地域や人種を越えて人が通じ合う音楽の不思議さに想いを馳せました。

4. その他のポイント
長くなってしまいましたので、今日はこの辺で。
露木薫

露木薫