Mark0726

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバースのMark0726のネタバレレビュー・内容・結末

4.8

このレビューはネタバレを含みます

スパイダーマン映画好きとしては、MCUのノー・ウェイ・ホームがスパイダーマン映画の最高傑作だと思っていたけれど、
今作のスパイダーバース2は個人的にそれを上回った超最高傑作!!まだ前編なのにそう感じてしまうくらいの凄さだった

■まずノー・ウェイ・ホームから今作の流れが凄い
ノー・ウェイ・ホームに大感動した人こそ、スパイダーバース2の衝撃は凄かったんじゃないだろうか。

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバースは、ノー・ウェイ・ホームでファンを感動させた、スパイダーマンの運命・定義・神話に真っ向から疑問を投げかけ、「運命なんてぶっ潰せ」と叫ぶ超ロックな傑作である。

MCUのスパイダーマンは、それまでの多くのスパイダーマン単独作品と一風変わっていて、アイアンマンという強力な父親代わりとバックアップがあって、MCUという沢山の中のヒーローの1人、という立ち位置だった。
まだ幼さが残り、皆んなに助けられながら成長するピーター・パーカーは魅力的だった。

だけど、それまでのトビー・マクワイア版やアンドリュー・ガーフィールド版のスパイダーマン単独作品のファンだった人からすれば、その幸福なピーターに少しばかりスパイダーマンっぽくなさを感じていたかもしれない。

ノー・ウェイ・ホームの凄いところは、マルチバース展開で他の世界のスパイダーマンとコラボした事だけに留まらない。
NWHでトム・ホランド版ピーター・パーカーにもついに、ベンおばさんという近親者の喪失と共に、「大いなる力には大いなる責任が伴う」という言葉をかけられる。
その言葉を受け取り、最後にマルチバースの扉を閉める代償として、全ての人からピーター・パーカーがスパイダーマンである記憶を消去する事を選ぶ。
こうして、トム・ホランド版ピーター・パーカーは、スパイダーマン神話を通過することによって、MCUのとっ散らかった多数の中のヒーローの1人ではなく、誰にも正体を知られない孤独で独立したスパイダーマンというMCU出身でありながら確固たるスパイダーマンとなる。

マーベル・シネマティック・ユニバースのトム・ホランド版スパイダーマンに、スパイダーマンのなんたるかを表現されて、
この展開に、スパイダーマン映画好きとしては衝撃と共に大感動した。


それに対しての、スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバースである。
今作は、ノー・ウェイ・ホームでファンを感動させた、スパイダーマンの運命・定義・神話に真っ向から疑問を投げかけ、「運命なんてぶっ潰せ」と叫ぶのである。
今作でマイルスは、マルチバースの秩序を守るスパイダーマン2099から、カノン・イベントという運命の存在を知らされる。
全てのスパイダーマンが近親者の死を迎える事が運命であり、それがスパイダーマンたらしめている。
それを止めるとマルチバースの整合性が取れなくなり、全世界が崩壊してしまうという。

マイルスにとってのカノン・イベントは、警察署長となった父親の喪失であると知らされたマイルスはそれを止めるべく、スパイダーマン2099と真っ向から対立し、マルチバース全てのスパイダーマンを敵に回す。

このマイルスの姿に、ノー・ウェイ・ホームでのスパイダーマンの何たるかを悲劇に見出していた人にブッ刺さるのではないだろうか。

この展開、クリエイターとしての批判精神が本当に素晴らしい。

そんな彼を支えるのは良き友人のグウェンであったり、反体制スパイダーマンというユニークなスパイダーパンクというのも最高である。

映像の凄さは言わずもがな。
まるで実写のようにそこにいるかのような臨場感のある3Dアニメ技術をベースに、いろんなスパイダーマン、色んなスパイダーマン世界がそれぞれの個性豊かな絵柄で表現されている。
前回は、「アメコミが動いているようだ!」と絶賛されていたが、今回はさながら「アートが動いているようだ!」と絶賛されるのもうなづける。

本作品をもって、アニメ作品が、全ての表現作品の中で至高の表現手法となっていると言っても過言ではないと思う。

他にもキャラの魅力やストーリー・表現の魅力を語りたいけれど、これくらいにして、とにかく超最高傑作だった!!
Mark0726

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