meguros

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバースのmegurosのネタバレレビュー・内容・結末

4.3

このレビューはネタバレを含みます

話が終わらずに終わってしまいびっくり。これ前編だったのか...。

前作の”自分は1人じゃない(他のユニバースにたくさん自分と同じような想いのやつはいる)”をさらに推し進めて掘り下げる本作。

この前編では、まず思春期の子供と親との関係を双方の視点から描いていた。子の視点に立てば、親に真実を打ち明けることを恐れ、自分を偽って生きることを選択すると苦しいぞということ。親元を離れ、新しいコミュニティ(ソサエティ)に入る時にも、自分を偽らずに生きていれば自信を持ってノーと言える。親からすれば子が育つのはあっという間で、自分にとって子供はまだ幼ない頃のままなのだが、それでも新しい世界へ送り出すという親の成長が描かれる。(母がマイルスに私の代わりにマイルスを大事にしてくれと話すシーンは感動的だった…!!)

そしてもう1つ、後編に引き継がれるテーマとして挙げられるのが、あり得た自分の可能性としての自分=自分自身との対峙を通じた運命との対決である。別のユニバースにいるもう1人のマイルス。スポットも本来であればマイルスの代わりにアース42でスパイダーマンになるはずだった。ソサエティにいる全てのスパイダーマンもまた、自分のありえた他の可能性なのだとしたら。そのマルチバースにおけるスパイダーマンそれぞれのあり方は運命として決められていたのだろうか?そういうものとしてしょうがないのか?

不可避の運命はカノンイベントと呼ばれ、スパイダーバースの安定を壊すものとしてソサエティは受け入れるしかないと言うが、トロッコ問題は解決できないのか?どちらかを救うではなく、どちらも救うことはできないのだろうか?

スパイダーマンであることと学校生活に遅刻しないことがまず両立できていないこの前編。実写版フッテージまで引っ張り出してきてメタな構造を俯瞰した上で臨む後編ではきっと、マルチバース全体を支配する理への挑戦が描かれるはずだ。(楽しみすぎる)

ビジュアル面は圧巻。イノベイターであった自分たちの最高到達点を自分たちでまた破ったと言える。冒頭からのテンションでまさか最後までやり切るとは思わなかった。高畑勲が「かぐや姫」で行った挑戦を引き継ぎ、その先を描いたような場面すらあり、もう驚くほかない。
meguros

meguros