映画スニーカー図鑑

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバースの映画スニーカー図鑑のレビュー・感想・評価

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Nike Air Jordan 1 ‘Next Chapter’ (コラボモデル、主人公:マイルスが着用)
Nike Air Jordan 1 “Stash Utility” (コラボモデル、アース42のある人物が着用、関係者やスタッフにのみ贈られた)
Converse All Star Hi (グウェンが着用)

映画においてバレエというモチーフは、何かと“コントロールに置かれた少女”の文脈で用いられがちだ。前作で着用していたトウシューズがコスプレイヤーからいかんせん不評だったこともあってか、グウェンは本作の途中からミントグリーンのチャック・テイラーに履き替えている。これはどうやら“スパイダー・パンク”ことホービーから拝借したものらしく、どのユニバースでもコンバースがバンドマンの必須アイテムであることに変わりはないらしい。グウェンは元々住んでいたアース65でもコンバースの愛用者で、バンド活動中はもちろん、プロムのドレスにさえ似たカラーのチャックスを合わせている。
二重のアイデンティティを親に受け入れてもらえず苦悩するグウェンのドラマは、多くのLGBTQIA+当事者から共感の声を集めた。そんなドラマを読み解くモチーフとして、靴は欠かせない要素。というのも、グウェンのヒーロースーツはトランス・プライドの旗(パステルピンク・パステルブルー・白の3色)と同じカラーリングになっており、そのうちブルーの面積のほとんどを足元、靴が占めている。グウェンの自室には「PROTECT TRANS KIDS」と書かれたフラッグも貼られていて、多くの登場シーンではこの三色が鮮やかに用いられている。
本編中、グウェンが靴を履き替える間には悲劇的なエピソードが挟まれる。グウェンは父親であるステイシー警部に、もう一つのアイデンティティ(スパイダーウーマン)を望まぬ形で“カミングアウト”することになってしまい、更にはそのアイデンティティを誤解されていて(アース65のピーターを殺害した犯人と思われている)、あろうことか銃を向けられ拒絶されてしまうのだ。親元を離れたグウェンはセーフ・スペースとなるコミュニティに身を移し、トウシューズではなく普段履きのスニーカーをヒーロースーツに合わせるようになる。この緩やかなトランジションの演出は、グウェンのなかで学生ドラマーとスーパーヒーローという二つのアイデンティティの境界が、環境や状況の変化に伴って薄れていき、どちらか片方を隠すことなく表現するようになった、そう読み解くことも可能だ。
クライマックス、グウェンとステイシー警部という2人の“冷蔵庫の女”が和解し、運命をそれぞれの手に奪還するシーンは非常にエモーショナルで美しい。『アメイジング・スパイダーマン2(2014)』を思い出して欲しいが、グウェン・ステイシーというキャラクターが持つ最大のスーパーパワーは他ならぬ“スピーチ”なのだ。胸の奥から溢れ出したようなグウェンの悲痛な訴えは、苦難を強いられ、時には命さえ犠牲にさせられるマイノリティ達の物語の一つ一つが決して無駄ではないこと、運命を覆すほどの強大なパワーを持つことを、力強く証明してくれた。

ところで、本作に登場するスパイダーたちは皆、ソールの硬そうな靴ばかり履いている。マイルスのAJ1、グウェンのチャックス、ホービーとジェスはブーツで、パヴィトルは裸足に近いサンダルだし、ピーター・Bに至っては”COOL DAD”の刺繍入りスリッパだ。やはり、なるべく底の薄い靴の方が壁に引っ付いたり、何かとスパイダーマンぽい活動がやりやすかったりするのだろうか。ちなみに次回作に登場が期待される“東映版”こと山城拓也の場合は、学校用の上履きを赤く塗ったものだ。


衣装デザイン:Brooklyn El-Omar
登場・コラボ:どちらも