アラサーちゃん

アジアの天使のアラサーちゃんのレビュー・感想・評価

アジアの天使(2021年製作の映画)
3.8
とりあえず、ビール飲みすぎでしょう、あんたたち。

「この国で必要な言葉は、『メクチュ・チュセヨ(ビールください)』と『サランヘヨ』」と冒頭でオダギリジョーが口にする通り、登場人物はあらゆる場面でビールを飲んでいる。めでたいときも、落ち込むときも、とりあえず彼らはビールを口にするのだ。それが中盤のせりふに活きてくる。

「そういうくだらない常識を乗り越えるために、ビールと愛があるんだよ」

頭の固い主人公・剛に対し、浮き草のように生きる兄は彼と正反対。酔いが回って難しいことを考え始める弟に、ビールを飲みながら兄がこう説いてせつく。飲兵衛のよくある適当な口上だけれど、意外と核心を突いているというか、「ははあ」と唸らせる部分がある。「そういうくだらない常識」って何の気なしに出たひと言のなかに、この映画に伝えられる多くが詰め込まれているように思う。
日韓それぞれの嫌悪感とか。天使は必ず西洋人であるとか。妻に先立たれてすぐに恋愛できないとか、歌手として売れるために枕営業するとか(恋愛感情のあるなしは置いておいて)。
あらゆる「くだらない常識」を映画のなかに描いておいて、それを全部酔っぱらいのひと言で払拭させてしまう。えらいことだ。かくいうこういう描き方も、「こうあるべきだ」の「くだらない常識」に他ならないのだけど。

韓国映画は結構好きで、魂が震えるように重く激しいクライム映画やサスペンス映画が多いなか、私はこういうじわじわ来るような叙情的な作品が好き。韓国に限らずアジア映画全般かも。今年観た映画で言えば「夏時間」もそうなのだけど、目に見えない家族愛は強いのに、淡々と希薄に描かれるところが興味深い。そんな家族の食卓シーンというか、食事風景はとくに好きで、この映画のラストシーンもまるで見事に大好きだった。
日本映画のシュールさと、韓国映画のノスタルジックさが相まって映像すごく素敵でした。

「アジアの天使」というタイトルを考えると、作中に「天使」は登場するけれども、あくまでこの作品を最後まで引っ張るマスコットアイテム的存在であって、タイトルの「天使」には結局ダブルミーニングが含まれている。偶像崇拝として誰の脳裏にも存在する絶対的な「天使」と、誰かが誰かにとってそうなりうる相対的な「天使」。
実際、剛には自分にとっての天使について語るせりふがあるけれど、たとえば、ソルの兄にとっては肌身離さずCDを持ち歩くほど愛してやまない妹の存在は「天使」であるし、電車内でソルが捨てた羽根が舞い落ちるところに学がやってくるシーンは、今後の展開として彼女にとって学が「天使」になりうる予感を抱かせる。

とにもかくにもビールばかり飲んでいるしょうもない大人五人たちの人生は不透明ですが、先の明るさを感じさせてくれるシーンもいくつかあります。
田んぼのあぜ道のシーンで、赤いアイテムを身に着けた学が彼らに向かって歩き出す後ろ姿のショット。明るい未来の象徴である学が、先の見えない傷だらけの彼らの元にやってくるというのはどこかほっとさせてくれます。また、ソウルに到着し、アビーロードのように坂道を歩き出すショット。上り坂は厳しくもあるけれど、そのぶんここから這い上がっていくような期待を持たせてくれます。

石井裕也監督の作品はあまり観たことはなかったけれど、あらゆるところで隙間から覗き込むようなショットがいくつかあり、まるでその世界に入り込んで同じ空間を共有しているような気分になった。
はっきりとした言及はないけれど、おそらく母親の死によって失語症になったと思われる彼の、あいまいに微笑んだり、微妙な表情を浮かべたりするところはとても印象的でよかったです。可愛かった。

#アップで訳も分からず喚く池松壮亮にはやはり宮本の幻影が見える #サングラスという古典的アイテム #女6 #予告で天使は見せてほしくなかった #ポムのちょっとしたひと言助け船シリーズ好き #とにもかくにも #池松壮亮にあなたの瞳が見たいんですと言って安っぽい下心なく覗き込まれたい #悲しげな瞳は確かに陳腐だと思う