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赤いトキのukigumo09のレビュー・感想・評価

赤いトキ(1975年製作の映画)
3.7
1975年のジャン=ピエール・モッキー監督作品。彼の本名はジャン=ポール・アダム・モキイェフスキというのだが、フランス国立高等演劇学校に入学してジャン=ポール・ベルモンドに出会い、親しくなり彼と名前を区別するために自身の名前をジャン=ピエールにしたと言われている。役者として有名になったのはイタリアの巨匠ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『敗北者たち(1952)』に出演してからだろう。パリ、ローマ、ロンドンそれぞれの若者たちが犯罪を犯すに至るオムニバス作品のパリ編で主役級の活躍を見せていた。舞台や映画では持ち前の美貌で若手俳優として頭角を現す一方、ルキノ・ヴィスコンティ監督『夏の嵐(1954)』やフェデリコ・フェリーニ監督『道(1954)』では助監督につき演出を学ぶ。自ら監督することを望んでいた『壁にぶつかる頭(1959)』は結局ジョルジュ・フランジュが監督することになり、主演するにとどまった。念願の長編監督デビュー作『今晩おひま?(1959)』は興行的にも批評的にも成功を収め、モッキーの監督作品としては数少ない日本での劇場公開作品となった。彼は生涯で60本以上の作品を作ってきたが、風刺的で反体制的な中に独自のユーモアを交えた作風は独立性を確保する必要があり、キャリアの早い時期から自身の会社を作り低予算の自主制作を行ってきた。
モッキーの監督作品は自身が出演するものとしないものに別れるが本作『赤いトキ』には出演していない。本作ではミシェル・セロー、ミシェル・ガラブリュ、ミシェル・シモンという3人のミシェルが主要な登場人物として出演しているが、モッキー自身ベルモンドとのジャン=ポール被り問題を改名で解決しているだけに、3人のミシェルの個性をどう見せるかがこの作品の注目ポイントだろう。

原作はフレドリック・ブラウンの『3、2、1とノックせよ』とされており、小都市に出没する連続殺人魔と借金で首が回らなくなった男が出会うという大元の話は一緒だがかなりモッキー味の強い作品になっている。
地味な会社員ジェレミー(ミシェル・セロー)は子供の頃から拗らせた欲望に苦しんでいた。幼少の頃のピアノの女性教師の豊かな胸に深く心を揺さぶられていた彼は、ちょうど胸元にハエが止まった時に追い払うという口実で胸を触ろうと考えた。数秒間ためらったためにハエは飛び立ち、ジェレミー少年の早熟した欲望は宙吊りになってしまう。トラウマを抱えた彼はトキが刺繍された赤いマフラーで若い女性を絞殺し、胸元にハエのおもちゃを置いて去っていく連続絞殺魔となり世間を騒がせている。一方酒のセールスマンであるレイモン(ミシェル・ガラブリュ)はポーカーでの負けが込んで借金に苦しめられていた。妻との離婚問題も抱えている彼は妻の宝石をなんとか自分のものにしようと考える。レイモンはラジオで流れる連続絞殺魔の目撃情報で、赤いトキのマフラーをしていたというところから犯人が思い当たり、彼に会いに行き妻の殺人を持ちかける。

3人目のミシェルであるミシェル・シモンは本作では新聞売りの老人ジジを演じているが、虚言癖があり、厭世的なキャラクターはこれまで彼が演じてきた役柄を何重にも想起させる。中でもジャン・ヴィゴ監督の『アタラント号(1934)』のジュールおじさんは同じサン・マルタン運河界隈がロケ地となっていることもあり、フランス映画史的記憶と強く結びついている。映画の公開からわずか9日後に亡くなったミシェル・シモンにとって最後の出演作となった本作だが、彼にとっての代表作の一つと言っていいだろう。
3人の偉大なミシェルを個性豊かに描き分け、不道徳極まりないラストすらハッピーエンドと言えてしまうようなアナーキーな魅力に溢れた本作はモッキー作品の発見・再評価に相応しい作品だ。
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