ーcoyolyー

キリングフィールド 極限戦線のーcoyolyーのレビュー・感想・評価

4.0
オセチアがどういうところか知らないと、この映画も現在のウクライナをめぐる状況よろしく「ロシアひでぇ」と簡単に片付けてしまうのは無理もないんですが、あの端的にロシアというかプーチンヤベェ、で済ませられる対ウクライナ侵攻とはこちらは事情が異なります。

こちらの場合はそもそもはジョージアが酷いんですよ。オセチアという地域をジョージアが蹂躙し続けた。それに耐えかねたオセチアの人々がロシアを後ろ盾にして蜂起した、という背景があります。なのでラストでジョージアの国土20%を現在ロシアが支配しているというような文言がありましたけど、そもそもそこはジョージアだったのか?という問題があります。これは完全にジョージア視点のプロパガンダである。映画自体の出来が非常に良いのでこれ危険だなと思った。そういう素朴さに芸術家は往往にして足を掬われる。もっと自分の国を疑え。

私はマエストロゲルギエフ(オセット人)の肌に吸い付くようなサウンドが大好きなので、一般的な日本人よりほんの少しだけこの地域についての知識があった。だからロシア兵が横暴、ジョージア兵可哀想…という見方以外の視点も持てた。

というかどんな戦争だって前線に送り出される兵士は皆可哀想だし巻き込まれる民間人だって可哀想だしロシアがどうだウクライナがどうだジョージアがどうだオセチアがどうだじゃなくて戦争というものが絶対悪なんだというシンプルな答えに行き着くしそれ以外のものに悪を被せてはならないのだと思う。ただ、支配層が国を戦争に導くための道筋としての人間の弱さは悪だ。オセット人を迫害するジョージア人とか、そういう迫害する部分は悪だ。その悪に打ち勝つために宗教があるならどんどん縋れどんどん利用しろ、と思う。人間個人個人ひとりひとりが内なる戦争を抱えていて、その戦争に勝つことが国を破滅に追い遣らずに済む唯一の方法なのだと思う。

ロシアが国家総動員法的な手法で兵士を掻き集め始めた現在、それの行き着く先がこの映画に描かれているという部分は勿論あるんだけども個別事案として事情が異なる部分もちゃんと指摘しておかなければフェアじゃないと思った。

ウクライナ侵攻が起きてゲルギエフが沈黙を守ることで非難されて一斉にキャンセルされてしまったけども、彼の本心なんてその音楽を聴けば分かる。彼にはマリインスキーという守るべき宝がある。何か一言でも発した瞬間に守れなくなる宝が。言葉は嘘をつくけども音楽は嘘をつかない。彼のこの雄弁な音楽を聴いてもその真意が伝わらないならその人は芸術家ではない。政治家なり一般人なりに伝わらないのはそういうものかもしれないけれど芸術家を自負している人々がここに込められているものを汲めないのだとしたらそれは致命的だ。
名のある人々がショスタコーヴィッチを引き合いに出して叩くのマジ意味わかんなかった、どう考えてもソ連時代のショスタコーヴィッチと同じ姿勢取ってるじゃんゲルギエフ。何見てんだあの人ら。

https://youtu.be/wDn_hivYK9A

この映画を観ていたら村人にマエストロに雰囲気の近い人がいて、ああ、彼の風貌の特徴のいくつかは彼個人の特徴というよりこの地域の人種の特徴だったのか、と初めてわかって、スラブ系とは違う特徴あるんですよねなんか共通したものが。彼と同じ特徴を持つ人々の姿を見た後だとあの日のあの追悼コンサートがより一層身に沁みてきました。

戦争反対。マエストロが音楽でそう語っているように戦争反対。この人は腹を括ってるんだ、自分が政治利用されるの上等、プロパガンダ上等、と。そのために誂えられた舞台上でしれっと反対のメッセージを奏でることができるほどに腹を括っているし自分が発する音楽の力を信じている。その心意気を読み取れない人間が面の皮厚く芸術家でござい、と気取っていることの方に私は絶望するわ。
ーcoyolyー

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