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ノマドランドのTPのレビュー・感想・評価

ノマドランド(2020年製作の映画)
4.4
 日本では、キャンピングカーの生活というと、ある程度裕福な人が気ままに各地を旅して好きなところで寝泊まりする悠々自適なものを連想するが、本作で描かれるのは、高齢にもなって働きながらキャンピングカーやRV車で車上生活を送らざるを得ない状況になっている人々で、日本で連想されるものとはほど遠く、劇的なこともロマンチックなことも何も起こらず、ストーリーは淡々と進む。

 主人公ファーンは仕事もできるし、同じ車上生活者とも上手く付き合いながら、姉や知人からも一緒に住もうと持ちかけられるほどの常識人であり、魅力ある人物。しかし彼女は亡き夫との思い出などと共に車上生活を継続することを選ぶ。
 本作で描かれるのは、環境の変化などによりそのような車上生活になってしまった人たちなのだが、その生活のすべてを受け入れつつ、これからの人生をどう生きていくべきかを達観しているように思える。
 高齢者のその選択には、第三者的常識観点から本当に大丈夫なのか?と思ってもしまうのだが、一方で人生の折り返し点をとうに過ぎた私からすれば、この先に劇的な人生における変換点はなく、新しい世界への順応という煩わしさを感じながら生きるよりも、人生を共感できる人のみと強制的ではない間柄の中で、自分自身の感情に向き合いながら生きることを選ぶという選択はしみじみと身に染みて納得できるものである。
 で、あるから、若い人にはあまり本作の良さは理解できないのではないかと思う。

 人はそれぞれ歳とともに自分の思い出も幾重にも重ねていく。そして出来上がった記憶は当人にしかわからない価値を持ち、決してそれは他人とぴったり共有できるものではない。
 これを象徴するのが、車上生活仲間のスワンキーが追い求めた昔の記憶「ツバメが大量に飛び立つ素晴らしい景色」。ファーンにとっても観客にとってもそれは「素晴らしい」とはとても言えず、映画の中でもほとんどスルーされる。

 そのような境遇、年齢になった時にどう生きるかという難題を叩きつけてくる内容が身に沁みる。
 これを表現するに「感動」という言葉は鋭利すぎ、感情のさざ波が何度も押し寄せるという表現が合うか。
 本作は自然の厳しさと共に美しい風景を数々ちりばめながら、非常に詩的で深い、長く人生を生きてきたものへ人生とは何かを考えさせる映画である。

 マクドーマンドの演技は秀逸。また、ファーンと、ファーンに気持ちを寄せる男性の二人を除いた車上生活者は本人が本人を演じて(?)いるということを後から知ったが、そんなことは全く感じさせない彼らの自然な演技もよい。
 ただ一点、アメリカにおける医療保険は当然のこと、年金についても高齢者には大きな問題であるはずで、その政策上の問題が十分に描かれていない分、綺麗に過ぎたかな、とは思う。
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