りょう

アイダよ、何処へ?のりょうのレビュー・感想・評価

アイダよ、何処へ?(2020年製作の映画)
4.4
 当時のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は、社会人になりたてのころに新聞やニュースで頻繁に報道されていましたが、いまとなっては記憶も薄れてしまっています。イデオロギー紛争の東西冷戦がようやく沈静化したはずなのに、ほどなく民族紛争が激化していった世界は、“人間って殺しあうために生まれてくるのか”と思うしかありませんでした。それが現代まで途切れることがありません。
 奇しくも昨日は、日本政府が安全保障関連3文書を閣議決定し、憲法で戦争を放棄しているにもかかわらず、先制攻撃になりかねない敵基地攻撃能力の行使を国会審議もせずに可能にしました。武力攻撃の連鎖が世界大戦を招くということをどうして想像できないのでしょうか。
 当時のボスニアの恐怖と閉塞感は、冒頭の映像からも鮮明です。虐殺やさまざまな戦争犯罪は直接的には描かれませんが、セルビア人兵士が高圧的な反社会的勢力のような雰囲気で、現地の住民たちはおろか、国連軍の兵士すら委縮してしまっています。子どものような国連軍の兵士たちは、まるでボーイスカウトでしかありません。国連軍がこんなに無力で、しかも本部からも見放されていたのはおそらく事実なのでしょう。
 スレブレニツァの虐殺が発生した現地の混とんとした状況がとてもリアルで、大勢の避難民を演じたエキストラの圧倒的な映像もしかりです。さらにそのエキストラもドキュメンタリー映像のような雰囲気すらあります。虐殺の犠牲者の遺骨から親族などを探す女性たちの姿は目をそむけたくなりました。日本では3.11直後の遺体安置所の映像を思いだします。
 派手な戦闘シーンはありませんが、エンディングのエピソードを含めて、局地的な民族紛争の恐ろしさを痛感させられる傑作でした。すぐに2回目を観たくなると思います。
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