幽斎

ニューオーダーの幽斎のレビュー・感想・評価

ニューオーダー(2020年製作の映画)
4.4
「父の秘密」「或る終焉」メキシコを代表するフィルムメーカーMichel Franco監督が故郷を舞台に、貧富の格差で追い詰められた市民の暴動がクーデターに発展。カオスに満ちた秩序の崩壊を冷徹な筆致で描く、ディストピア・スリラー。京都のミニシアター、出町座で鑑賞。

ベネチア映画祭で「世界初公開」審査員大賞を受賞。何か引っ掛かりませんか?。なぜ本国メキシコでは無く遠く離れたイタリアなのか?。答えは予告編に有り、肌の色が黒い下層階級が、肌の色の薄い富裕層を攻撃するショットの数々は、テーマを鑑みても刺激的過ぎた。人種的な固定観念が増長されると、メキシコのSNSでは猛烈なバッシングに見舞われた。批判を受け修正された予告編が此方。
www.youtube.com/watch?v=hPzZ9QvV39k

本作を二言で訳すなら「胸糞」+「鬱」マリアージュ。私が本気で巨匠と思う世界一の変態Michael Haneke監督が嫌いな方は、観るべきでは無い。Hanekeの「ファニーゲーム」何が面白いのかと良く聞かれるが、アレが本気で面白いと言う方は、今直ぐ精神科で診て貰うべき(笑)。単純な二元論で映画を見る方は「アベンジャーズ」とかディズニー版「スターウォーズ」見て平板な日々を送れば良い。現実は不愉快の連続、真実はほろ苦いと直視出来る方。後味の悪さも味のウチ、思慮分別がある方にはお薦め出来る。

大学の同級生で最初の就職に失敗、フリーターとして生計を立てる友人が居る。今は私の紹介で勤務先の建物清掃の仕事をしてる。時折顔を会わせるので、社員食堂で昼食を一緒に食べ、共通の話題である戦国モノに華を咲かせる。彼は広島出身なので毛利家推し(笑)。だが、同僚に「あの作業服を着た人は知合いですか?」と聞かれる。要は服装だけで人を見下してる。彼が某京都の大学のOBだと言うと、態度が途端に変わるが、本作で描かれる縮図の様に思えた。

富裕層が金持ち生活を謳歌する為には、搾取する下層階級をしっかり下支えしてこそ成り立つ。ソレを放置すれば階級のピラミッドに亀裂が入る。友人の時給が幾らか知らないが、仮に1000円だとしたら、ソレを3000円に上げれば一人現場が三人現場に成り、トイレに行って「アレ?紙が無いな」と言うケアレスミスも防げる。コレこそパラドクスで、道徳や慈善でなく富裕層は自分の生活を守る為にキチンとお金をバラ撒く必要が有る。ソレを怠ると本作の様な悲劇を招く。

私も様々なディストピア映画を見る、極限のシチュエーションで真実が曝け出されるから。ソレにしても本作は上から何番目と言える、強烈の度を越えてる。スリラーが専門の私でも想像が追い付かないテンションの速さ、坂道を転げ落ちる様に物語は悪い方へ流されて逝く。故に片時も油断も安心も出来ない。観客は一体何処に連れて行かれるのか?。予定調和を根本から覆す、別な意味で不穏な映像体験が貴方を待ってる。

蜂起したのは富裕層にコキ使われた使用人。ソレだけでは収まらず屋敷に見窄らしい服装をした有象無象が雪崩れ込み、略奪したり破壊したり暴行したり鬱憤を晴らすかの様にヤリタイ放題。私は当然使用人の味方なので「もっとヤレヤレ」金持ち何てどうなっても知らへんよ、と応援してた。だが、あるシーンで「コレは拙い」考えを変えた。

オープニングの「偽ピカソ」(後述)。私は芸術品を粗末にする人は心の底から軽蔑する。金持ちが死ぬのは自業自得だが、アートにスプレーするのはダメ!。人としての尊厳に関わる認識が無いモノには、未来は無い。「Dadaïsme」ダダイスムとは次元が異なる。暴動を起こしても世の中は良く成らないメタファーだが、暴動は武力に勝る軍に掌握され、クーデターに摩り替る。ミャンマーの軍事政権を見れば分るが、金持ちの資金は軍に奪い取られ、市民の生活は逆に困窮する。革命なんて、ヤッチャ駄目なんです。

格差社会を問題提起すると言えば、ウクライナの戦禍を描いたレビュー済「アトランティス」「リフレクション」同じコンセプトだと思う。チョッと重たいなと言う方は「ザ・スクエア 思いやりの聖域」乾いたブラックコメディが秀逸、是非観て欲しい。軍は戒厳令を敷いて事態収拾に乗り出すが、更に悪化するのは予想出来たけど酷い仕打ちだ。

アメリカでも上映されたが、直ぐに打ち切られた。ハリウッドが創れば「ジョーカー」に成るだろう。私も富裕層の大概はクソだと思う。ビジネスで成功して金持ちに成るのはシンプルに凄いが、一度財を成すと資産は代々受け継がれる、つまり格差が固定化される事に私達は、もっと神経質に成るべき。政治家の世襲問題と根本は同じ。親が実力者だからと何も成してい無い息子。初めから有利な立場でレールに乗るだけの人間が、官僚をアゴで使うなんて言語道断ですよ。ねぇ岸田さん(笑)。

「緑」はメキシコ国旗の色、血の「赤」も国旗の色ですが、ソレを意識して見ると監督の意図も透けて見える。友人は「コレってゾンビ映画だな」いやお前、劇場の本編前の予告編でレビュー済「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド4Kリマスター」見たろ(笑)。ゾンビも格差社会のメタファーで言い得て妙だが。秀逸なのは何処を切り取っても救いのないデッドエンドが、単純な露悪の為の露悪ではなく、観客は「こう為らない為にはどうしたら良いか?」考える、怖いからマジで。

際限の無い暴力の描写を見て酷い映画だと低評価を付けるのは御自由だが、私の映画観では志が高い作品なら、観客がテーマを「宿題」として持ち帰る作品だと思う。冒頭の偽ピカソはOmar Rodriguez-Graham作「死者だけが戦争の終わりを見た」コレは古代の哲学者Plátōnの名言としても有名。タイトルの意味が作品の全てを総括してる。

途中下車の許されないディストピアの苦い真実、中毒性の高いデッドエンドを貴方も。
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