kuwano

ワイルドグラスのkuwanoのネタバレレビュー・内容・結末

ワイルドグラス(2020年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

※京都国際映画祭のオンライン上映を視聴

楽しくみんなで観る娯楽作品、というわけではなく、痛みや苦しみを感じる作品だったけれど、完成度の高い作品だった。
惜しいというかもったいない部分は確かにあって、この映画は三人の男女の人生の悲哀と喜び、それらが交錯する時のドラマであり、そして根底にあるのは「異邦にありて、我」なんだよね。そこをもっと出してくれたら、よりコントラストが鮮明になったのになと少し残念。
故郷を捨てて、異邦で暮らすということ。なんのために、誰と、どんなふうに…。三者三様のなかでそれぞれに事件があり、絶望や救いや諦観の果てに「海城」を離れていく。昔の香港映画のような雰囲気もあり、韓国ノワールのような世界観もあり、でもはっきりと中国映画だと感じるものもあり、派手さはないけれど非常に秀逸な出来の作品だと感じた。

ただ、吴風の描写だけ、掘り下げが少なくない?
もっと!兄貴分との!交流を!描いて欲しい!
そこも残念な点…。もっとこう、どうしようもない世界に生きてるけど、どうしても見捨てることはできない仲間がいて、踊り子にほのかな恋をしていて…人生には美しい部分もある、そしてバスで出会った女性とわずかな時間であれ人間的なやり取りをして、っていうところを沢山見たかった。し、それがあってこそ物語がしまると思う。

翻訳がややわかりにくいせいかもしれないけど、兄貴分が司令官を裏切った経緯もよく分からなかったし(「司令官B」気になった…Bは必要あった?)、吴風が司令官に復讐しようとしたってことは、二人は司令官にハメられたってことなんだろうけど、言うて裏切ったんは兄貴分の方やないか…みたいに思ってしまった。どう見ても兄貴は雑魚だし、司令官はボス的な感じだったじゃん。そりゃマフィアの世界でボスを裏切ればああなりますわ。

とはいえ兄貴分を慕う表情や、踊り子の李麦をほんのり好きな顔はとてもいい演技だな~と思いながら見た。心根は優しいけれど、暴力の世界に生きるしかない男の悲しみがよく出ていた。体格がいいから、きっと学も金もなく田舎から出てきて、チンピラのような生き方しかできなかったのだな…ということを連想させるし、説得力がある。悪い人間ではない、むしろ善人であるのにこうした生き方しかできない、という悲劇。云荞の「この腐った世界から抜け出したい、でもできない」と相まって、人生とはままならない悲しみを感じた。
踊り子さんの段々と堕ちていく様も、人生とはこのように石が坂道を転がるように悪化していくものである…と思ってしまった。ていうか男見る目なさすぎ!向かいの青年にしておけば…!しかし2人目の彼氏のお陰でシンガポールの舞踏団に行けることになったのは確か…。

興味深かったのは、李麦の一人目の彼氏?は日本人なのだけど、こんな風に気取った男、というのが中国から見たある種の日本人男性の記号化なのだな。

都会である「海城」も、実はさほど大きな街ではないところに、とても悲哀を感じる。土埃が舞っていて、廃れた地区も多い。それでもそこは誰かにとっての憧れの場所であり、そこに行けばきっと夢を叶えられると信じられている。
でも現実ではそこに住む女も男も、苦しみ、失い、絶望しながら生きている。

最期に大切な人のことを想い逝った吴風は、せめて絶望はなかったならいいのだけれど。
「海城」に憧れてやって来ただろう三人とも、最後にはこの異邦を去っていく。
三人ともが大切なものを失って、でも最後の希望はそれぞれ失わなかった。
云荞にとっては自立、李麦にとってはダンス、吴風にとっては「向かいの部屋に住んでいるあの女性の幸せ」。

云荞が義兄にもらった黄色いワンピース。許せない相手からもらったものだけど、おそらく彼女にとっての一張羅で、戦闘服になるのはあれしかないのだろうなと感じた時の哀れみ。
最後の最後、緑色のドレスは置いていく李麦。裏切られたけれどたった一つだけ誠実さを見せた男との、幸福だった時代の証。捨てはしないけれど、新しい街に持ってはいかないという矜持。
大事なバリトンホルン。楽隊の編成からは外れていて何の役にも立たない楽器なのだけど、吴風にとっては大切なもの。それを投げつけることに使う仲間。大事な仲間であることは確かだけれど、相容れない部分もあることを暗示していた。
こうこう小道具の使い方、とても上手かったな。

李麦が絶望の舞踏を舞って、川に身を投げ、そして「私は、まだ踊りたい」と言わんばかりに息を吹き返すように水面に上昇するシーン、素晴らしかった。

云荞のお姉さん、きっと色々分かったんだろうな。だから最後にお金渡したのかなと思うと、あの義兄は許せんけどお姉さん…となる。

云荞を演じたサンドラ・マーさん、若い頃のアニタ・ユンに似ていて雰囲気あった。

あと小田和正、テーマソング。歌詞を聞くと、なるほどとなる。日本人にとっては別作品のイメージが強い曲なので、この点については日本人以外の方が曲をニュートラルに受け入れられるかな。
kuwano

kuwano