藻類デスモデスムス属

空に住むの藻類デスモデスムス属のレビュー・感想・評価

空に住む(2020年製作の映画)
3.0
いつもより早くに目が覚めた。6時過ぎに家を出る。未明の住宅街。一軒分の空き地の前を過ぎる時、人が寝返りを打ったとぎくりとした。みれば地面に敷かれた黒いシートが風にめくれているのだった。緑道と称された舗装道に入ってから、身体をあたためようと走りはじめる。建屋、柵、垣根、植生、裸木、電線、鉄塔、看板、周囲の景色は遅滞なく流れすぎていく。ぷつと一瞬黒くなる、チャンネルを変えるようには変わらないのだと考えた。しかしなにかがいつもと異なっていた。すべてのものが、結託してなにかを隠しているような、屈んだまま、見えている以上には現れてきていないような相貌で、そうしたものに挟まれたこの道は、いつもと違うところに通じていて、同時に、どこにもたどり着かないような気を起こさせた。それでも明らかにされていない途上は想像できず、わたしが姿をみせない職場の方を想像した。一日くらいであれば、なにかしらの解釈がなされ、電話すらこないのではと思われた。
 
やがて駅に直結する大きな道路がみえてきた。斜めにさしこむ緑道が、吸収される手前あたりから、速度を落として歩きはじめる。車の通りはなかった。合流地点の少し先の方に駐車してあるごみ収集車があった。ちょうど作業員がおりてきた。フロントの方に回ったので、姿が見えなくなった。てっきりごみ袋をもってまたすぐに現れるものと思っていたが、思っている間に、ごみ収集車にたどり着いてしまった。周囲に作業員の姿はない。確かに収集にはまだ早かった。駐車しているのはチェーンの牛丼屋のすぐ横だった。どこに消えてしまったのだろう、牛丼屋の中としか思われなかった。臭いは大丈夫なのだろうかと考え、考えるとすぐばつが悪くなって打ち消した。店は白く明るい光を放っていたが、たくさんの張り紙と曇りガラスによって中の様子はみえにくかった。一見、誰の姿もないようだった。死角でみえないだけかもしれない。入ってみようかと、逡巡する間にも、牛丼屋は遠ざかっていった。とうとう駅の改札前まで来た。
 
店内には、紺色のジャンパーを着た初老の男がひとりいた。店員が裏から出てきて、水とお茶を置いた。メニュー表をみる。定食を注文した。ベーコンに目玉焼き、サラダ、味噌汁とご飯。ジャンパーの男は黙々と丼ぶりに箸をはこんでいる。外をみた。ごみ収集車が停まっている。壁の時計をみた。漢字の成り立ちにでもでてきそうな緩やかな逆くの字だった。秒針は刻むのではなく、滑るタイプのものだった。もう一度外をみた。通りは白み、明かされはじめていた。ごみ収集車は秘密を匿うかのようだった。目の前に定食を載せたトレイが置かれ、箸を取った。ジャンパーの男が席を立った。