まさか

ベイビー・ブローカーのまさかのレビュー・感想・評価

ベイビー・ブローカー(2022年製作の映画)
4.5
個人的には久しぶりの是枝作品。カンヌ映画祭パルムドールを受賞した『万引き家族』や初期の名作『ワンダフルライフ』に匹敵するか、超えるほど素晴らしい。

今までの作品と違うのは、韓国を舞台に、韓国人キャストと韓国人スタッフだけで撮られているという点である。ソン・ガンホをはじめ、これまでに知己を得た韓国人俳優と仕事をしたかった、というのがその理由らしい。

赤ちゃんポストに捨てられた赤ちゃんを巡って浮かび上がる様々な社会的課題。例えば1人で子育てをする女性が直面する苦境、擬似的な家族という新たな関係の模索、孤児たちが抱える問題。そんな今日的で重いテーマを、鬱々としたトーンに陥らずに、救いの予感も感じさせながら描き出している。

これらの主題は『万引き家族』と通じるところもあり、監督の関心の高さが伺われる。おそらく、日本や韓国に共通する弱者救済の仕組みの脆弱性に対する苛立ちが、問題意識の核にあるに違いない。

そうしたテーマを扱いながら、決して登場人物を絶望の淵に追い込まないのが是枝裕和で、この人の優しさはデビュー作から一貫している。表現としては人間の闇を掘り下げる方向性もあるはずだが、ドキュメンタリーを主なフィールドとしてきた経験から、現実世界に溢れる理不尽に屋上屋を架すようなことをしたくないのだろう。

脚本の完成度が高いことはもちろんだが、それを嘘臭くならないように表現した俳優たちの自然な演技も讃えたい。とりわけ、本作でカンヌ映画祭の最優秀男優賞を受賞したソン・ガンホ。『殺人の追憶』で強い印象を受けて以来、『タクシー運転手』や『パラサイト』など新作を観るたびに惹きつけられてきたが、今回もまた唸るほかなかった。

そこにいるのは確かにソン・ガンホなのに、俳優ソン・ガンホは影を潜め、まさに作中の人物が目の前にいる、そんな感覚にさせてくれる。物語の終盤、彼が演じるサンヒョンは誰にも告げずに一つの選択をする。それを言葉によらず表情一つで観る者に伝える才能。それがソン・ガンホの凄みである。『ペパーミント・キャンディ』のソル・ギョングの存在感に圧倒されて以来、僕の中では韓国人俳優の最高峰はギョングだったが、ソン・ガンホは彼に匹敵する役者だと思う。

サンヒョンの裏稼業仲間であるドンスを演じたカン・ドンウォンや、赤ちゃんを捨てたソヨン役のイ・ジウンも、演じていることを感じさせない空気を纏い、観客をスッと物語の世界に引き入れる力をもっている。

残念ながら韓国では否定的な声(退屈、眠くなる、偽善的など)も聞かれるらしい。韓国映画の大半はドラマティックな展開が売り物で、ハリウッド映画にも似たテイストが主流だ。そうした作品に慣れっこの目にはなるほど退屈に映るのかもしれないが、監督が訴えたかったテーマを考えれば、その評価は的外れとしか言いようがない。

俳優をまとめ上げる監督の人間力、才能豊かな俳優たちの演技。脚本と編集の力。この作品ではそれらが奇跡的に結集し、見過ごすことのできない社会問題に観客の目を向けさせ、考える契機を与えている。是枝ファンならずとも必見です。
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