YAJ

ベイビー・ブローカーのYAJのネタバレレビュー・内容・結末

ベイビー・ブローカー(2022年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

【Beautiful Name】

 ただ只管、巧いな、と唸らされた作品でした。
 テイストとしては『万引き家族2』あるいは、その韓国版という趣き。是枝監督がずっと描いてきた家族の在り方や、社会の底辺で暮らす人々の処世と、格差の闇、保障制度の不備、盲点への問題提起など、奥の深いテーマも含有されている(ケン・ローチにも近い?)。それをエンターテインメントにして見せる手法は、やはりお見事。
 
 監督業のみならず脚本も自ら書いた是枝裕和。なぜ韓国の養子縁組、里親制度に興味を持ったのだろう?
 ググってみるに、韓国は、朝鮮戦争の頃から米国軍人との間に生まれた私生児や戦災孤児をアメリカに里子・養子として送り出した歴史があるらしい。その後も、貧困やシングルマザーなど戦後になっても国際養子縁組の流れがいまだにある(時に、“赤ん坊輸出国”と国際的に批判もされているとか。知らなかった)。

 というお国柄もありながら、尚、裏ビジネスとして児童売買がなぜ成立しているのかが、ストンと腹落ちしないが(出てくるお金持ちの夫婦は、正規ルートで養子縁組が出来そうな気もするゾ)、近年法改正もあったらしく養子縁組が難しくなってきているのかもしれない。

 いずれにせよ、そうした社会問題を知った是枝監督が、カンヌをはじめとする国際映画祭で知己を得た韓国のスタッフ、俳優たちと、赤ちゃんポストをテーマに、子供を違法に売買するブローカーと、その母親、孤児たち、そしてそれを追う刑事を絡めてロードムービー調に仕立てたのが本作だ。

 韓国でこのベイビー・ブローカーがどれほどの社会問題となっていて、リアリティのある題材なのかは知らないが ― 舞台を日本とするより信憑性がある? ― ソン・ガンホ演じる主犯格のサンヒョン、相棒ドンス(カン・ドンウォン)、赤ん坊の母親のソヨン(イ・ジウン)、そして彼らを追跡し現行犯逮捕を狙うペ・ドゥナ演じる刑事スジンの誰もが、説得力のある熱演ぶりだった。

 イ・ジウンは歌手だそうだが、『万引き~』の松岡茉優にどことなく雰囲気が似ていた。ヒロインにこのタイプを起用するのが是枝裕和の好みなのか(笑) あと、『万引き~』を彷彿させたのは、海辺の使い方かな。家族になったことをイメージさせるのに、波打ち際のシーンの利用も是枝流なのかもしれない。



(ネタバレ含む)



 カンヌで最優秀主演男優賞を獲ったソン・ガンホの存在感は大きい(またマーケティングとしても奏功か)。が、本作は女性の物語だろう。特に、赤ん坊ウソンを引取り育てることになるスジンの役割が、実は大きなものになる。なぜなら、本作は「そして母になる」お話だと思うから。

 途中途中で、彼女の私生活や、犯人逮捕への執念からの微妙な心変わりを垣間見ることはできるのだが、もう少し丁寧にスジンのバックボーンを描いておいても良かったのかなと思う(刑事を降格されて(おそらくね)、町の警官になったという描写も、ほんの一瞬で、それを理解せよというのも、ちょっと乱暴というか唐突感がなきにしもあらず。なんで?ソヨンと裏取引してたのがマズかった?サンヒョンを捕り逃がしたから?)。
 もう少し存在感をクローズアップして物語を紡いでおけば、彼女が助演女優賞を獲ったかもしれない? そのほうが作品としては訴求力があったのではと、惜しい気がした。

 いずれにせよ、育児放棄、母親にそうさせる社会の問題を、弱い立場の女性の視点で描いている本作。作中も検挙するべきは赤ん坊を遺棄した母親や児童売買する輩ではなく、その因を生み出した父親、あるいは社会なのでは?という、母親を擁護するかのような会話も刑事らがしていたように記憶する。

 そして母親に棄てられた子どもたち ― その子どもが育って大人になったドンスも含む ― の心の中に抱えた虚無、本来不必要な罪悪感をも見事に描いていた。
 母の慚愧、子どもの無念が、互いに溶け合い赦しあう観覧車とその夜への一連の流れは、実に印象的な名シーンだった。ようやく「母となる」ことができたソヨンの「生まれてくれてありがとう」という子どもたちに向けた言葉は、本作の枠を超えた大きなメッセージとして今の世の全人類が受け取っていいものかもしれない。命を無駄にすることの罪深さを、少しでも感じ取れるに違いない。

 子どもたちの名前が素敵だったことも付け加えておこう。
 読みだけでは、我々日本人は意味を推測することすら出来ないが、作中でソヨンと孤児のひとりヘジンが名前の意味について会話するシーンがある。ソヨンの子ウソンは「羽星」と書き、星まで空を駆けて飛んで行ってほしいという願いが込められている。ヘジンは「海進」と書く。そこにも、どこまでも果てしない海を行けという親の思いが込められているとソヨンがヘジンに語って聞かせる。
 子どもの成長、その明るい未来に思いを馳せない親などいない。Every child has a beautiful nameだ♪ 同じく孤児だったドンス、その名にも、どんな意味が込められていたのだろうかと気になった。

 少しだけ救われるエンディングと、それでも消せない哀しい現実が、絶妙のバランスで配された幕切れも、見事だなあと、ため息が出た・・・。
YAJ

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